新春譜

スピって令和                     杉本ゆきこ

 「令和元年」昨年この言葉を聞いて日々をすごしてきたが、まだすっきりこない。ただ、平成から令和に移行する時、何故か緊張感があった。実は私だけの感情ではないと思う。私以外の人も覚えているだろうか?

 平成の最後の悲嘆なニュースと僅かな美談を・・
「お母さん、スピった物の言い方やめた方がいいよ」と長男に言われ「何? スピってるって?」と言ったのは、令和元年の夏のことである。「スピってる」とは「スピリチュアル」のことだということは、ググってすぐわかった。
以前より、スピリチュアルのことが、大好きな私は、
10代の頃から西洋占星術にはまりタロット占い、中国の占い本を読みあさり、占い師にも鑑定してもらった。
 また20代後半から40代は、心理学、宗教、哲学の本を読むことが多かった。とにかく目に見えないものが大好きである。そんな私は、地に足がついていないというか現実離れして脱線してしまうことが多かった。そして、
残念なことに記憶力が無く、せっかく身につけた 「目に見えないもの」の知識も薄れていった。
 しかし、これからの話は、真実である。平成から令和の移行期は、次々とスピリチュアルな出来事が起こったのだ。最初の出来事では、「キャッシュカード事件」である。昨年のゴールデンウイークは10日間というロング
バケーションであったが、その長い休みに入る前日にキャッシュカ ードが財布にないことに気づいた。そのカードは普段は使用していないが、そこそこの金額を預けている。
 気づいた私は、まず銀行にカード紛失を告げ止めてもらうために電話した。すると、「もうだいぶ前に止まっていますよ。」ということだった。「どういうことですか?」と言うと休み明けにならないとわからないということだった。
その翌日、たまたま長男と次男の家に集ったので、その話をしたところ「もしかしたら家にあるんじゃないの? 使用してないから止められたのかもしれないよ。」と私の家に来て二人で小一時間探したが、失かった。
 すでに22時近くだったが、長男を駅まで送りがてら「もしかして改札機の辺りで落としたんじゃない?」と言われ交番に寄ってみた。カードが届いてないか尋ねると、カードの特徴と他に紛失しているものがあるかと聞かれた。それは、本屋のポイントカードだった。キャッシュカードには、「スギモトユキコ」と名前があり、カードの絵柄もずばり同じだった。タクシーの運転手に拾われ、一ヶ月前にタクシー会社のすぐ近くの警察に届けられ、驚いたことに、座席に忘れ運転手さんが翌日に届けてくれたらしい。私は次男の家の帰りに最寄りの駅までタクシーに乗ったことを思い出した。休み明けに警察に取りに行ったら、カードを止めてくれたのは警察であることもわかった。それだけだと普通っぽいが、その二、三日後、次男の家に行くために急いでいてタクシーに乗った。偶然、そのタクシーはカードを拾ってくれたタクシー会社だったので、それとなく「先日、このタクシー会社のタクシーに忘れ物をして届けていただいて・・」というと「お客さん、物は何ですか?」と言うので「キャッシュカ・・」と言いかけると「それ、私です!」と運転手さん。「えっ!本当ですか!ありがとうございます!」と言い、たまたまお土産に買っていたお菓子を「どうぞ!」と言うと「いぇいぇ。当たり前のことをしただけです。」と運転手さん。私は感動した。涙が出た。こんな悲嘆にくれる時代の狭間に、救われた気がした。
 このカードを手にする直前、私は母の実家の新潟に長男夫婦と行った。目的の第一は、お墓参りであったが、この旅も本当にスピリチュアルだった。母は他界して33年の月日が流れているが、父は92歳で健在である。本当は、この旅は父も行くはずであったが、直前にぎっくり腰になり行けなくなってしまった。父の世話を次男夫婦が看てくれることになり3人で新潟に行った。
 母の実家には、大好きな従兄弟がいる。「健ちゃん」年齢は67歳、本当に楽しくて頼りになる人である。2泊したが、昼間は観光三昧、夜は美味しい酒と料理を堪能するという贅沢な旅で、楽しすぎて笑いっぱなしだった。
 特に凄かったのは、令和最初の夕日を母の実家のすぐ裏の日本海で、健ちゃん、長男夫婦と4人で見たことである。その時、健ちゃんが「夕日、見に行くぞ~」と声をかけてくれて早足で2~3分で海に行った。もう少し遅いと見れなかった。本当に美しい夕日だった。幸福な時間だった。それからという日々、不思議なくらい会いたい人に出会えた。面白いくらい偶然なことが次々起きた。でもその魔法は、少しずつ効力がなくなってきて続かなかった。暫く心が疲れていてそれを感じる力が弱くなっていたのだろう。

 そして時が過ぎ、最近またスピってる。何故かというと、人との出会い、出来事に心が動かされ刻まれる。言葉と感情が溢れ出す。平成という一つの時代が終わり令和の始まりに、母が小さい時に見ていただろうあの美しい夕日を見たからだろう。オレンジ色は続く深く全てを超えて・・

 

                         田中 耕司

 「記念としての百号を祝うより、新たなスタートとしての百一号を大切にしたい」
 だいぶ時間がたっていますので正確かどうかは少々不安ですが意味は間違っていないと思います。この言葉は、海紅同人句録百号記念の時に河合夢舟さんが祝辞の代わりとして残された言葉です。

 このように前向きな気持ちを前面に出して私のような後に続くものに刺激を与え続けてくれた先輩たちのように今の若い人たちに刺激を与え、新しい今の時代にふさわしい自由律俳句を提示していると言えるのかと不安になります。というのは、今の若い人たちの発想はもう私にはないのでそう思うのかもしれませんが、私の知る限りの知識や経験は必ず彼らに伝えておくべきものだと思っています。そこで、句会や俳三昧の際に感じているのですが、ほかの人の一句を直しすぎるように感じてしまうのです。私は、本当の初心者で句作を始めましたので先輩たちが気遣ってくれたのかもしれませんが、私が一句で何を伝えたいのかを理解しようとしてくれていました。これからもこの気持ちを忘れずに、若い人たちと付き合っていこうと思っています。