新春譜

新年号恒例の「新春譜」です。題材自由、海紅同人ならば誰でも投稿できます。各地の出来事をお楽しみください。今回が今年度の第五回目です。

  画人の自画像 ―僕と三郎―       紺   良造
 海紅俳人の中で最も海紅人らしい俳句を投句している俳人を挙げるとすれば、真っ先に秋田、角館の高橋登紀夫さんの名前が浮かんでくる。登紀夫さんは私と句座を共にした、かも川吟社の代表で、短律で簡明な句を持ち味とした俳句を発表し、我々を指導してくれた大先輩である。
 この一年間「近作玉什」に、登壇した玉什は七句にも及び、他を大きく引き離している大作家と呼ぶに異存のないところである。  特に私の目を引いたのは、登紀夫さんの自画像と云うべき「僕」を詠んだ俳句の多さである。

  僕の余生にダリア豊満過ぎて         一 月
 みちのくの小京都と云われる、角館の武家屋敷の一郭に「香雪庵」と名付けた居を構え法務局を定年退職後に司法書士の事務所開いていたが、海紅俳人とも子夫人に先立たれてからは俳句三昧と云ってよい独り暮らしを続けている。
  背を丸め冬ごもる自画像知りつくし      二 月
 登紀夫さんは少年時代に講道館で少年剣士として学んだ経歴を持つ高段者であり、現在も地元警察署の道場に赴いて若者を指導し、
自身の腕を磨いている。
  雪の孤独を三郎愚痴るな           三 月
 いよいよ登場の三郎であるが、この三郎は登紀夫さんの偶像で、その名を借りて自分自身を戒めているのである。
  三郎の腰に春を呼び込む一管の笛あり     四  月
  三郎腰から抜いた一管の笛春を呼び込む    五  月
 登紀夫さんは笛を吹くことが無かったので多分その願望を三郎に託したものであろうと思われる。
  紅山桜が咲き僕で幾代ここに住み       六  月
 住居が歩行町であるように、登紀夫さんは歩行(おかち)と呼ばれる下級武士の末裔であり、兄弟も多くて少年時代は生活が貧しかったと云っている。
  どうしても僕の余命知りたいかネジレ花    八  月
 ネジレ花に呼びかけているが、余命を知りたかったのは自分自身であったろう。
  僕もお家もざぶざぶ洗いたい真夏日      十  月
 角舘は周囲を低い山に囲まれた、京都にも例えられた猛暑の町としても知られている。
 出来ることなら、家ごとざぶざぶ洗いたい気持ちが痛いほど解る一句である。
 登紀夫さんがセミプロ級の日本画家でもあることからタイトルを「画人の自画像」としたこと付け足してこの稿を擱筆する。