新春譜

新年号恒例の「新春譜」です。題材自由、海紅同人ならば誰でも投稿できます。各地の出来事をお楽しみください。今回が今年度の第八回目です。

   海紅社句会             平林 吉明
昭和五十四年、秋も既に終わりを告げようとしている土曜日の夕ぐれ時、駒沢にある海紅社の玄関を上がり、その奥の襖を開けるとピーンと張りつめた空気が漂っていました。
その殆どが年輩の男性でお茶とお菓子を前に黙々と墨を磨る姿がまるで祈りを込めた所作の様に思えました。
檀先生、一思さん、利三郎さん、多加士さん、騾子さん、栄一郎さん、三滝さん、まさるさん、光夫さん、季之さんそして若手の耕司さん、皆さん煙草を燻らし半紙を片手に思い悩んだような面持ちで句をしたため始めます。庭から吹き込む涼しい風にその日の疲れが消えてゆくような清々しさを感じました。
小さな話し声は時折聞こえてまいりますが、重苦しいほどの沈黙に包まれていて、まさに厳粛な修行道場と言った感がありました。
すっかり夜のとばりに包まれ部屋にあかりが灯ると檀先生の「それでは」の声とともに披講が始まります。大体は句歴の浅い作者の句から読み上げられます。出席者の人数が多いので取り上げる句は檀先生の独断で選ばれます。
海紅社句会に顔を出すようになり暫くの間は私の句から披講が始まりました。句を作り始めたばかりの私の句に対し長老でもある一思さんから、このような稚拙な句を伝統ある海江同人誌に載せるのは時期尚早ではないか、との意見が出ると多加士さんから、これまでの海紅には無かった新鮮な感覚の句でこの句を取り上げなかったら自由律俳句の意味は無いとまで言って私の句を擁護してくださいました。右も左も分からない私は人の句に対してこれ程、喧々諤々の激しい議論をするなんて面白い世界があるものだと驚きを隠しきれませんでした。
檀先生は句歴の長い方にもまだ駆け出しの私にも分け隔てることなく句に付いての感想を問われました。何もわからない私は只々「すごい句ですね。すごく良いと思います。」を連発するばかりでした。そんな私を「吉明さんはすごくなければいけないのですか」と一刀両断にされてしまいました。
檀先生の句を見抜く眼力には確固たるものがあり、決してぶれることがありませんでした。出席者の殆どが賛成の評を入れた句でも平明で分かりやすいだけの句ですと評価せず、誰も賛成を入れなかった句でもどこか個性的で魅力があれば取り上げて出席者にその句に付いての感想を求めました。それは自分の好みや偏見に依るものではなく、一碧楼の背中を見て学び獲得した美意識であると思います。
この句会に出席している方々の句歴も長くそれぞれに独自の信念や哲学を持っていましたので、激しくぶつかり合うこともしばしばでした。そんな時、奥様の梨枝夫人がにこやかな表情で「句の上での喧嘩はいくらしても構いませんよ、どうぞ思う存分おやり下さい」とその場を穏やかに収めて下さいました。
出席者全員の披講が終わると皆さんの緊張も解れ、えも言われない安堵感にその場が包まれます。普段の暮らしの中ではあまり味わう事のできない充実感。この充実感を味わいたくて皆さんこの句会に出て来られるのだなと思いました。
 多加士さんはよく言いました。「句は一人で作るものではなく句会で作るものだから句会の場というものは大事にしなければいけない」また耕司さんの父上である田中穂さんは檀先生がお亡くなりになった時に皆様の前で「お願いです。どうか海紅を潰さないで下さい」と絶叫された声と姿を未だに忘れることが出来ません。
この句会に出られていた方々の多くは既にお亡くなりになり、句会の様子もすっかり変わりました。この頃の句会は今時の人らしく初めて参加された方でも物怖じすることもなく率直に自分の意見を言い、緊張することもなく和やかで自由な雰囲気に包まれています。
檀先生の頃の厳粛な空気に包まれた真剣勝負の様な句会も緊張感に包まれていてよいものですが、唯人さんの取り仕切る句会は新しい可能性を受け入れようとするリラックスした寛容さが有り、各自の方向性を尊重する自由で楽しい雰囲気が有ります。若い同人の中には「海紅の句会は楽しくて面白いけど、海紅風の句はあまり好きじゃない、海紅の伝統的な句とはどの様な句なんだろう」とハッキリおっしゃる方もおります。そういう方々の考えを頭ごなしに押さえつけることもなく、句会という独特の場で行われる感性と知識と閃きのコラボレーション。海紅社句会の様子が時代と共にどのように変化してゆこうとも一つの創造的文化として末長く継承して行けたら望ましいのではと思います。
最後に河東碧梧桐全集 第十三巻より
海紅はこうあるべきだという一切の因習観念にとらわれず従来の音律論の幻覚に迷わされず、内部生活を直接に生き生きと表現するために、長句短句にもあえてこだわらない。詩は生活の象徴化であり、人格の象徴化である。各人銘々の進むべきところを、各人銘々が自由に進める、そのような仲間が結集した俳誌が「海紅」である。