新春譜

   ネズミの家           若木 はるか
 私の記憶にある最初の家は、ネズミの家である。
 それは小さな田舎町の古い木造の家で、やけに奥に細長い造りだったとか、狭い庭に柿の木があり、秋には父が竹竿で実を取ってくれたとか、まだ幼かった私にとってあの家の記憶はみな断片的なものだが、とりわけ鮮明なのはネズミにまつわるあれこれだ。
 あるとき、探しものをしていた父が押し入れを開けると、籠の中にネズミが巣を作っていた。巣の中には生まれたばかりの子ネズミとも言えないピンク色の塊がモゾモゾ動いていた。初めて見たその光景も充分衝撃だったが、父はそれを上回る衝撃をかましてきた。「あーこりゃあ川に投げる(捨てる)しかないなあ」とかなんとか。そして、傍らに幼い私がいるのに全く躊躇することなく、それを実行したのである。
 まあ、そうするしかなかったのはわかりますよ。でもねぇ、少しは配慮ってものがあっても良かったんじゃないか?
 そんなわけで、ネズミは日常の一部でした。針金でできたネズミ取りが置かれているのも、かかったネズミが川につけられ、そのまま捨てられるのも。
 ある夜、ドタバタ音がするので台所へ行ってみると、母が箒をふりまわし、ネズミを追いかけ回していた。それはもう鬼気迫る様子で。ついに箒はヒットし、ネズミはちりとりに掃き取られた。
 ネズミとの闘いは家の中だけに留まらなかった。隣がトンカツ屋で、当時は当然のように揚げ油をドブに垂れ流しにしていた。そのせいで、このあたりのドブネズミは子猫ほどに肥え太り、凶暴だった。
 さて、その後、郊外の新築の家に引っ越した私たちはネズミと縁が切れたことを心から喜んだ。だが、六年ほどして、私たちは今度は山形へ引っ越すことになった。
 山形で暮らす家を事前に見たのは父だけである。父はあえて、子供には何も言わなかったのだと思う。
 私と兄は、田舎から都会の街中に引っ越すということしか聞かされていなかった。どんな家かドキドキワクワクしていたのである。特に、兄は長い移動から解放されたこともあって、真っ先に家の中をぐるぐる走り回り、二階へ駆け上がっていった。そして二階で思い切り、何回もジャンプした。下にいた私たちはぎょっとした。兄がジャンプするたび、ほこりが降ってきたのである。ほこりに混じって、ゴマのような小さな黒いものも降ってきた。それをつまみ上げて「なあに、これ?」と聞いた私に、それはネズミの糞だと答えたのは、父だったか、母だったか。その瞬間「またネズミの家だ!」という強烈なガッカリ感が私を打ちのめした。私たちの部屋になるという二階は、広さはあったものの、ところどころに歴代の子供たちが書いた落書きが残っていて、作り付けの本棚の引き出しには何箇所か丸い穴があいていた。ネズミのかじった穴だ。引っ越しは仕事の都合とは言え、父にだまされた、という気持ちはぬぐえない。
 この家は良くも悪くも古い家だった。廊下や縁側がたっぷりあって、玄関も風呂場も広い分、台所が狭くて汚かった。当時もう時代遅れの、いちいちコックをひねってマッチで火をつけるタイプの丸いゴトクが設置されていた。洗い場も狭く、縦に細長い狭い台所で、母はどれほど不便だっただろう。
 そして、この台所でまた、数々のネズミとのバトルが繰り広げられた。針金のネズミ取りがまた登場したが、都会のネズミは賢いようで、あまりかからなかった。すると、母はどこから聞いてきたのか、ホーローの大きなボウルの内側にバターを塗って置いておくようになった。ネズミはバターの匂いにつられて登って中に入るが、出ようと思ってもバターでツルツルすべって、内側からはボウルの縁まで登れない、という仕掛けだ。こちらは定期的に効果を発揮したようである。母は当然のように、洗えばいいでしょ、とこの同じボウルでパン生地をこねたりしていた。
 ネズミが出て、台所からきゃあっっ!と母の叫び声がしたことがあった。私たちはそのときみんな居間にいて、テレビを見ていた。どうしたのかな、と思いつつ、誰も様子を見に行かなかった。するとネズミを自力でなんとかした母は「私が悲鳴を上げても誰も出てこないってどういうことよ!」とぷんすか怒っていた。
粘着式のネズミ取りを仕掛けた覚えもある。ネズミ取りにも科学の進歩の恩恵は及んできていた。
 この家の隣は汚い居酒屋だったが、息子が帰ってきて店を継ぐというので改装することになった。その年は餌場を失ったネズミが我が家に流入し、かつてないほどのネズミの当たり年になった。夜、天井裏をネズミが走る音が頻繁に聞こえた。居間でごろごろしていると、部屋のはしをネズミがちょろちょろ走って行くことすらあった。冬は暖を求めてか、ストーブの周りを行ったり来たりするつわものもいた。怖れ知らずのこいつはよくよく見るとかわいいのである。白くてちっちゃくて、赤いつぶらな瞳と目が合ったりすると、とても退治する気にはなれず、そのまま逃がしてしまったものだ。
 ひどい思い出ばかり語ったが、階段の手すりがちょっと大正ロマンの香りのする形でとても好きだったこと、玄関の黒光りする板の間、裏庭の大きなリラの木、北と南の掃き出し窓を開け放つと、暑い夏でも風が通って気持ちが良かったこと、など、良い思い出もたくさんあり、夢に出てくるのはなぜかいつもこの家だ。ちょっと人格を持ち始めているような家だったと思う。
 今は昔のネズミの話、本当は一年あとにしようかと思ったのだが、話の中でたくさんのネズミが昇天するもので、子年にするのも申し訳ない気がして、前倒しで書かせていただいた次第である。