新春譜

  新春譜

 白川郷・飛騨高山へ         吉川 通子
飛騨高山へ初めて行ったのは四十年も前のこと。高校時代の友人の結婚式に参列するため、福岡から飛行機で名古屋へ、列車に乗り換え飛騨高山へ向かった。着いたのは夜、ずいぶん遠いところに来たと思った。観光も出来ずとんぼ返りだったので、また行きたいと思っていて、今回姉夫婦との旅が実現した。
 東京の上塚家は、新宿七時発のスーパーあずさで松本へ。我が家は軽井沢を七時半に車で出発。姉夫婦と松本駅で合流し飛騨高山へ向かう。車で二時間、国道一五八号を通り、上高地へ行く道にちょっと気持ちを曳かれながら、トンネルを抜け峠を越えてゆく。東京から五時間、軽井沢から四時間半とやはり遠い。高山市からさらに一時間、白川郷へ長いトンネルを通り山を越えて行く。トンネルが出来る前はさぞ大変な道のりだったろう。
 白川郷は平成七年(一九九五)にユネスコの世界遺産に登録され、合掌造りの家々とそこに息づく生活や文化の知恵が守られている。奈良時代に飛騨の匠として出身者の名前が残されている記録があり、平家の落武者が住み着いたという伝説もある。秘境と言われるこの土地にも外部からの影響は及び、宗教や武士など力のあるものと闘ったり、守られたりした。江戸時代から明治時代には養蚕業が村を支え、狭い土地の中で合掌造りの民家が生まれ、屋根裏を何層にもして作業場として活用した。戦後は、化学繊維の登場で養蚕業が廃れ、若い人は仕事を求め外へ行き、日本の電力資源開発のためダムが作られ、たくさんの合掌造りの民家が湖底に沈んだ。このままでは白川村の合掌造りがなくなってしまうという危機感が、住民の気持ちを保存へと動かした。昭和五十一年(一九七六)には国の重要伝統的建造物保存地区となり、世界遺産への登録へと繋がっていった。
 雨が止み紅葉に囲まれた白川郷を歩く。市営駐車場に車を止めて、庄川にかかる橋を渡る。観光バスでやってきた大勢の人たちも橋を渡ってゆく。外国からの観光客も多い。合掌造りの家々のある地域に入る。思ったより広い。カフェや蕎麦屋、土産物屋、民宿になっている家や、実際に人が生活している民家、もう茅葺屋根ではない家もあるが、それぞれが自然のままに整えられている。私たちは気ままに歩いているが、邪魔をしていないだろうかと心配なくらい白川郷はゆったり静かだ。紅葉が終われば冬に入る。合掌造りの屋根に雪が積もり、写真で見たその様子は美しい。しかし、雪深いこの地はどうやって暮らしているのだろう、どうやって外界と繋がりを持つのだろう。長い時間をかけてこの地域を力強く守っている方たちの思いを垣間見た気がした。

 紅葉に降られ合掌造りの茶屋で一休み   功 子
 山々紅葉し茅葺屋根から香るコーヒー   通 子

 高山市内のホテルに戻る。帰り道にはいくつかある飛騨の家具のショールームに寄ってみた。木をふんだんに使った建物も家具も素敵だ。父の椅子を思い出した。薔薇が描かれた緑色のロッキングチェア。亡くなる間際まで使っていた。今も同じ椅子が売られている。飛騨の家具の素晴らしさは、古いものを守るだけではなく、時代にあわせてデザインを進化させ、その木の家具に触れると匠の心意気、誇りを感じる。使ってみたいと思う家具がいくつもあった。
 高山市は東京都くらいの広さだが、山林がその九十二%を占める。縄文時代の遺跡が数多くあり、土器や石器が発見されている。奈良時代には都で飛騨の職人が宮殿や門、寺院を作る仕事に携わり、平家の支配を受けた時代もあった。織田家の支配下だったころ、豊臣秀吉に飛騨の攻略を命じられた越前大野城主、金森長近は一五八六年に飛騨国の国主になる。長近は高山城を築き、城下町の整備を行い、城を取り囲むように高台を武家屋敷、一段低いところを町人の町とした。この町人町が現在の「古い町並み」の元となっている。その後幕府の領となり高山城は破却され、飛騨代官が設置された。その代官が政治を行ったのが陣屋である。 
 午前八時半出発。陣屋までバスで行き、あとは時間のある限り町中を歩いて回ることにした。町を横切るように流れる宮川の朱色の欄干の中橋を渡って、古い街並みに入っていく。出格子の連なる軒下には水が流れ、杉玉の下がった造り酒屋など、老舗の暖簾が連なっている。町屋建築が並び、古い中にも現代の空気を取り入れたお洒落な店につい入りたくなる。さすがに観光客がいっぱい。外国の方たちも興味深くそんな店を覗いていた。町内の各所に高山祭りの屋台を納めてある屋台蔵もあった。
 櫻山八幡宮についた。ここは高山祭の秋の「八幡祭」の中心になる所で、高山城下町の北半分の氏神様の例祭として十一台の屋台が曳かれる。その屋台が八幡宮にある高山祭屋台会館に何台か飾られているが、煌びやかで優雅な形に、木工、塗り、彫刻、金具、織り、染めなど、ここにも職人のこだわりが感じられる。ちなみに春の高山祭は南半分の氏神様としての日枝神社で行われている。
 宮川沿いの道を戻り、宮川朝市の通りに出た。沢山の店と露店が並ぶ。旬の農産物や、花、民芸品、お菓子など、客を呼ぶ声が飛び交っている。一軒の露店に珍しい花が売られていた。姉も私も同じところに目がいくものだ。その露店の女性と話しがはずみ、楽しい時を持った。

 朝市母さんは理科の先生これ風船唐綿これ黒鬼灯   功 子
 話はずむ黒鬼灯の花朝の市の賑わい         通 子
            
 さあ、もう帰りの時間だ。昼食もまだだった。五平餅やみたらし団子など、美味しそうなものがたくさんあったのに、見て回るのに夢中でただただ歩き回っていたが、高山のほんの一部しか見ていない。是非もう一度、今度はもっとゆっくり行きたいと思っている。