新春譜

  新春譜
                   小早川すすむ
 昨年「冬海 中塚一碧樓全句集」を読みました。最も古い句が明治41年(1908年)、110年前の句となります。時代と共に古臭く感じる句、意味が分からない句などある中、それでも時を超え心に響く作品もありました。
 好かれて筍茹る間を待たされまして
 猫八浴衣を着て昼中の電車に乗り電車疾走す
 一礼すにんげんのあたま黒く音もしない
 落ちつけ冷し茶だすわっているわたしのうしろが壁だ
 真冬となる山いくつもありみづうみは一つあり
 いわゆる代表作ではないかもしれませんが「今の若者にも受ける句」だと思います。一碧樓に限らず過去の海紅先人の作品には現代でも新鮮で凄烈な印象を与える句が多く眠っていると思います。今年はそんな過去のアーカイブから「若者世代へのアピールとなる作品」を掘り起こす連載を紙上で持てればと考えています。海紅が歴史を重ね古びるのではなく、なお多くの人に愛される鮮度ある結社となるための一助を担えたらと思っています。

 寅さんの俳句を読む          紺 良造
 或るテレビ番組で「男はつらいよ」シリーズで一世を風靡した国民的俳優、渥美清が俳句を読んでいたこと知り、ネットで調べたところ、「風天」の俳号で二百七十余りの俳句を残している事が解った。
 俳号の「風天」は言うまでも無く「フウテンの寅」を下敷きにしているものである。
 広辞苑で「風天」を引いて見ると「梵語・八方天・十二天の一つ、インド神話では風の神で名誉・福徳などを与える」とある。 
 渥美清は本名を田所康雄と云い、一九二八年(昭和三年)三月十日東京台東区で生まれている。少年時代から大のお祭り好きで、神社の参道で繰り広げられた夜店の、テキ屋衆の大声を張り上げての口上に魅了されて、その殆どを暗記出来るようになったそうである。その特異な才能が山田洋次映画監督に見いだされ、後に「フウテンの寅」の商売場面で活用されていることは皆さんご承知の通りである。
 寅さんは葛飾の柴又の帝釈天近くの生まれになっているが、渥美清は前述のように、れっきとした江戸っ子で、浅草のストリップ劇場で専属のコメディアンとして前座のコントを披露していたが、ギャラは少なく苦しい生活を余儀なくされていたようである。その不遇な時代に残した俳句に、
 貸しふとん運ぶ踊り子哀しい
 月踏んで三番目まで歌う帰り道
 はえたたき握った馬鹿のひとりごと
などがある。  
 
 渥美清は浅草時代に肺結核を患いサナトリウムで一年半に及ぶ療養生活を余儀なくされその時代には
 秋の野犬ぽつんと日暮れて
などの俳句がある。

 冬の蠅もふと愛おしく長く病み
 ミノ虫こともなげに生きているよう
などの俳句を作っている。

 雨蛙木々の涙を仰ぎ見る
 西瓜捨てられハエ飛んで赤子泣く
 さくらんぼふっと吹き出しあと淋し
などは彼の生活感が滲み出ていて魅力が溢れている俳句である。

 どんぐりぽとりと落ちて帰るかな
 少年の日に帰りたき初蛍
 窓のガラスに蝸牛
などの俳句も前掲の俳句同様生活感が滲み出ていて好感がもてる。

 後に「赤とんぼ」と云う句集を上梓しているようだが、地元の古書店にも在庫が無く、どんな俳句が収録されているのかは、残念ながら不明である。
 
渥美清の晩年の俳句に

 ご遍路が一列に行く虹の中
 花道に降る春雨や音もなく
 蟹悪さしたように生き
などがあるが、蟹悪さしたように…の句について、海程主宰の金子兜太が「風天」が遺した数ある俳句の中で最も注目する傑作であると絶賛している。


如是COME ON           さいとうこう
 平成二十八年十一月十九日土曜日、駒沢大学駅の改札口で青いコートを着た私は社主の迎えを待っていました。曇天の中、冷たい秋の風に運ばれたミストのような雨粒が全身を覆っていたと記憶しています。

「君が西藤君か!」
「はい。今日はよろしくお願いします。」
「なんでうちを知ったの?」
「海紅のWEBサイトを拝見しまして…。」
「一人で来るなんていい度胸しているな! ハッハッハ」

 初めて海紅社の門をくぐってから、あっというまに一年が過ぎました。
自由律俳句のイロハのイも分からぬ私にとって、まさに光陰矢の如く時が流れてゆきました。
 句はどのように作るのか。自分の感じた感動をそのまま句にすれば良い、とはどういうことなのか。俳味とは何か。そもそも自由律俳句とは何か。自由律の「律」とは何か―句作を始めた当時のメモ帳に書いてありました。今もよく分かりません。
今確かに理解できていることは、俳句は楽しいということだけです。

 海紅の句会では社主、耕司さん、吉明さんのような大先輩方であっても同じ立場、同じ目線で私の拙い句に感想を述べてくださいます。社主はこれが海紅の伝統だと仰っていましたが、自分よりも四十歳近く年下の(しかも新人の!)男に対してですから思わず感動してしまいました。と同時に面白い世界に足を踏み込んだものだとワクワクしたことを今でも覚えています。
 ゆきこさん、聡さん、崇譜さんのように独自の信念と矜持を持って句風を確立されている先輩俳人と出会えたこともこの一年間の大切な財産です。
 またマヒトさん、すすむさん、直弥さん、由紀さんといった同世代の若い同人の方々との交流は句作の上で大きな刺激になっています。
多くの出会いがこの一年の間にありました。俳句を始めなければ、そして海紅に入らなければ起こり得なかったものばかりです。この場をお借りして改めて感謝を述べさせていただきます。

 上述のように東京(横浜)では多くの出会いを経験させていただきました。そして今年はすこし東京を飛び出してみたいと思ったりしています。
地方にはその地に根差した海紅人の先輩方がたくさんいらっしゃいます。そういった諸先輩方になるべく多くお会いをしてお話を聞かせていただきたいと思っております。その折はご指南のほどどうぞよろしくお願いいたします。
 自由律俳句を始めて気付きました。今まで私が見ていた世界は、それ自身のほんの一面に過ぎなかったということを。

 いつかの句会で耕司さんが仰いました。
「同じような景色でも毎日観察していると毎回微妙に変わっているんだよ。だからよく見なくちゃいけない。」

 あきあきしていたはずの日々の暮らしが俳句と出会ってすこし楽しくなった気がします。