各地俳況2

海紅社句会レポート          中塚 唯人

 当日はカミナリと雹の大襲来でしたが、句会の方は外の騒ぎをよそにいつものように、無事終えることが出来ました。参座者はゆきこさん、聡君、崇譜さん、すすむ君、直弥君、こう君、私の七人です。


先ずはすすむ君の句
  みちっと詰まった雲切断面
 この句はよく見ているにつきます。雲の形が変わってゆく様を、普通は何となくぼんやり「見ている」のですが、そうではなく断面図を「見る」というところに作者の目が感じられます。それこそ俳人の目です。
 
 次にこうくん
  シュトラル・ウント・ドランク!…ほど遠く三十才
 これはドイツ語で、「疾風怒濤」と訳すそうです。これを説明すると長くなります。さらに読んだ人がどれだけ理解できるかは疑問です。
句は作者が心を動かしたものを一
句として如何に表現するかが大切です。読んだ者はそれが解らずしては評価が出来ません。そこのジレンマの戦いとも思えますので、こうくんの挑戦はここから始まります。

 次は私
  てんやで天丼サーティワンでアイス夫婦の夏は続くのです
 すすむくんから質問が出ました。なぜに「続く」で終わらずに「です」がいるかと言うことです。じつは「です」とか「‥‥だ」という結句は定型陣がいちばん忌み嫌う終わり方です。定型句では先ず使えぬ方法ですが、逆に言うといかにも自由律俳句ですよと鼻をひくひくさせている安
直さが気に入らぬのでしょう。ですから使うにはそれなりの理由が必要です。この句ではチエーン店の「てんや」で食べ、これまた若者が立ち寄る店でアイスを買い、安いね、美味しいねと満足している小市民夫婦の幸せをテレているのです。なんとなくユーモアでカモフラージュする「です」
の使用です。
 もちろん多用はしません。記憶では二回目か三回目ですね。

  続いては崇譜さんの句です。
  うるめいわしマドラー代わり女やっかい
 あるある句ですね。仲の良いお友達なのでしょうがこれを隣でやられるとやっかいですね。ちょっと酔った上での所行でしょうがそれほど嫌な友ではなさそうです。こういった具材になる方も貴重です。

「やっかい」はなくても良さそうですが、この言葉が親近感を保ちます。

 次は直弥くんです。
  ぐらぐら麦茶蒸気の向こうラヂヲ体操
 これは「ぐらぐら」と「蒸気」が付き過ぎのようです。
 それと「ラヂヲ」の表記ですね。よく「をんな」と書いたり意識的に文語体を使われる方も居られます。定型では必然性がありますが、今の子供達が大きくなった頃には読めなくなることさえ考えられます。
今の自己満足よりも中味
で充分に勝負できる句だと思いますし、使いたい思いも解りますがこれは大事なことと思います。
 ゆきこさんの句です。
  盆休みゆっくり爪を切る
 この句は作っていないところがいいと思います。得てすると俳句を作ろうとする気持ちが強く働きます。それはうまく作ろう、良い評価を得よう等の心からです。しかしふっと心に生まれ出でた思いがそのままに言葉になった句は、読む人の心にもすっと入ってくるものです。
 先ずは一句にしたいとの思いを持つことです。その上での技巧は一句を引き立てる脚色となります。

 最後は聡君の句です。
  特急通過もう夏が半分
 この句を見てすぐさま感じたのは大人の句だなと言うことです。子供ならば「夏」でなくて「夏休み」、「半分」ではなく「終わる」でしょう。大人は半分で立ち止まるのです。それは夏休みが終わるという寂寥感ではなく、人生の歩みの中のワンシーンにすぎないからです。それは秋でも
冬でも春でも同じで生きている限り半分なのです。人は常に半分に居ます。これまで生きて来た人生の半分これから生きてゆく半分、どちらも大事です。

 これだけの個性の煌めきからは、毎回学ぶことが多く、これこそが海紅社句会と思いました。