大会レポート

 『大会記』               森  命
 平成二十九年四月九日(日)、小雨の中、満開の桜を見て、社主、田中耕司さん、平林吉明さんと共にホテルアジュール竹芝に入る。
上塚功子さん、吉川通子さん、若木はるかさんはすでに到着。さっそく耕司さん吉明さんは皆様を迎えにゆりかもめ竹芝駅とホテル前の道路に移動。
 十二階「白鳳の間」にて、午後一時大会開幕。出席者は十九名。もちろん大会看板は、中塚千亜紀さんの筆によるもの。司会は私が務めさせてもらいました。今回は前回大会以後、同人の方で亡くなられた方はおらず黙祷の必要はなく、先ずは最初の嬉しさです。この大会に先立って院瀬見美登里さんと河合禎さんと原鈴子さん大西節さんよりお祝いを戴きました。このご厚志は皆さんへのお土産のスカイツリーフェイスタオルと賞品代に充てさせていただきました。厚く御礼を申し上げます。
 社主の挨拶を頂いたあと、出席者の自己紹介です。大会を待ちかねておられた皆様の一言一言は活気に満ちていたのは言うまでもありません。

 

投句六十句より互選された大会入賞句。

 一碧楼大賞は、北海道・本間かもせり
   終点の駅舎春だけ見ている

 第二位は、浜松の渥美ゆかりさんの
   素手は鍵の入ったポケットに冬枯れをゆく
 と、京都の村井洲さんの
   受けて立つしかなかろう北風
 続いて四位は、鹿沼の小山智庸さんの二句
   萌えるものへつながる一本の輪ゴム
   冬空深まれるほどの青に生きる
 五位に入ったのは東京よりの初参加、去年の秋に海紅同人となった西藤広太氏の
  「あのね、あの、、その…」春
 
 会場にご参加のゆかりさんと広太氏には、社主より賞金と記念品が手渡されました。このあと社主と会場の皆さんでの大会上位選句についての句会が開かれました。
 二時三十分休憩時に、記念撮影をしました。

二時五十分句会進行を梶原由紀さん平林
吉明氏にバトンタッチ、上位句以外の評を行います。「全員が発言する」という海紅のモットーのもと、いつもながらの和やかな句会が続きます。
 四時十五分からは、今後の海紅の編集、発行についてのプランが社主と大川崇譜さんより発表されました。詳細は割愛しますが、何十年も先を見据えた大きな展望が説明されました。

 五時、渥美ゆかりさんの大会の締めのお言葉があり大会終了。

 

 六時、再び「白鳳の間」にて懇親会。田中耕司さんの乾杯の音頭で幕を開け、海紅名物のカラオケに。宴も最高潮に。と、その時湯原幸三氏が仕事多忙の中、皆様に会いに来てくれました。大拍手の中、嬉しい嬉しいひとときでした。二時間はあっという間。原鈴子さんの締めの言葉をいただいてお開き。
日帰りで帰られる方々と名残を惜しみ、泊まりの皆さんは大展望の部屋「武蔵野」へ。各地の句会の現状をお聞きしたりスカイプ句会の説明とデモンストレーションを受け、十時までの賑やかな歓談となりました。
 翌四月十日はまさに晴天。三階の「七つ海」で朝食をすませた後、いよいよ隅田川クルーズへ。先乗りで切符を買いに出た私と耕司さんが道を間違え、皆さんより遅れて日の出桟橋に着いたのは申し訳ないことでした。前日までは桜祭りが開かれ大盛況だった日の出桟橋も今日は静かなもので、散り初めを覚悟していた隅田川沿いの桜は満開のまま待っていてくれました。船中のガイドより社主の案内は上手すぎる。社主の心遣いは充分に船内を満足のるつぼとしてゆきます。浅草にて船を下りると、やはりスカイツリーを後ろに集合写真。雷門では殆どの人が知らない風神・雷神像の裏面にある平櫛中(でんちゆう)作天竜像を社主が紹介される。一同感激。浅草寺に手を合わせた後は、これも社主のお薦めの老舗そば屋「尾張屋」へ。うまさは言うに及ばず。
 十二時三十分、店を出ていよいよフィナーレ。二年半後の再会と社主への感謝を込めて左右に分かれて行く春陽でした。
 
     翌日朝食時の皆さん

 

『 大会当日句会  』                                    中塚 唯人
 本来は皆さん全員の句を取り上げたいのですが、時間の制約もあり先ずは上位句から順番にと句会を始めました。当日参加の出来ない方も事前に選の際に寸評を書き加えて貰い、会場の皆さんの評を加えながら句会は進めていきました。

 投句者全員にお願いした選の結果で最高得点句の「一碧楼賞」には北海道の本間かもせり君の句がめでたく選ばれました。
  終点の駅舎春だけ見ている                    本間かもせり
 この句の景は皆さん都会の駅ではなく、駅舎という言葉からも乗降客もそれほど多くない、どちらかと言えば鄙びた駅を想像したようです。そして「見てる」よりも「見ている」と言った、丁寧な言葉遣いが日本人の持つ郷愁を誘い、海紅人の心の底に流れる優しさと共鳴したものと思います。さらに「春」という言葉はこの句を決して暗い句ではなく思わず微笑むような、未来を見つめた暖かい光を投げかけていると思います。
 かもせりくんは最近海紅に戻ってきていきなり「一碧楼賞」ですから、これも海紅にもたらした春の日とも言えましょう。
 続いて第二位の句。
  受けて立つしかなかろう北風
           村井  洲
 この句の北風は雪国のそれとはまた違う風と思います。北国ならば厳しいもので立ち向かうより堪えなければならなくなります。作者はまだ「受けて立つ」覚悟を持っています。ここに春を迎える喜びさえも感じられる余裕があります。ですから「なかろう」という断定的な言葉が生まれます。「なかろう」との言い方には疑問符をもたれる方もおりましょうが、この潔さこそこの句の持つ良さと思います。
 そして同点二位の句。
  素手は鍵の入ったポケットに冬枯れをゆく   渥美ゆかり
 このポケットに入れた手は一つには鍵のありかの確認、あるいはその確かさからの安心感も混ざっているのではないでしょうか。一見男性の句と読まれた方もおられるようでしたが、皆さん情景がよく見え、その動きから絵画的でも映像的でもあり、鍵の音まで聞こえるような、さすがゆかりさんとの評でした。
 四位は同じ方の二句です。
  萌えるものへつながる一本の輪ゴム      小山 智庸
  冬空深まれるほどの青に生きる          〃
 一句目は「一本の輪ゴム」をどう解釈するかです。これは作者の意図とは違うかも知れませんが、ある程度、年いった人は理解出来ると思いますが、病院で処方され薬局で受け取った薬袋を開けてみるとやたらに錠剤を纏める輪ゴムがあるのに気がつきませんか。これは一ヶ月間の量ですから数が多いために小さな輪ゴムでとめるのですが、このゴムは小さく他に使いようがないので溜まる一方です。もちろんその意味ではないかもしれませんが、この小さな輪ゴムに命が繋がっていると、なにやらピンときたのです。いわゆる「あるある」です。そんな小さなものでも作者は明日への希望へ繋がるものと信じたいと思うのではないのでしょうか。
 二句目は「る」と言う言葉の使い方が難しかったようです。作者が居られないのでこれも想像の域を脱し得ないですが、この「る」は時間的な流れ、継続の意味合いではないかと想像します。作者は現在闘病中ですからこの時間は大切なものであるはずです。そしてこの「あお」は「青」でなければなりません。混じりっけのない澄んだ「青」でなければいけないと思います。
 同点でしたが智庸さんの句が二句四位に入っていましたので敬意を表した結果、第五位にした句。
  「あのね、あの、、その…」 春          西藤 広太
 作者は昨年の十一月に初めて海紅社句会に参座した梶原由紀さんと同様まだ二十代の若者です。最初は様子見もあったのでしょうかどちらかと言うとやや平凡な句でしたが、私と耕司氏の教え宜しく? 最近彼自身の境地を持ち始めたようです。つまり守りから攻めの句が出てきました。本来は守りの方がやさしく、攻めるのは辛いものです。従ってこの句は俳句として一般的な常識から見ると否定されるかも知れません。しかしこの句は選んだ人は三人ですが、三人とも特選句なのです。つまりは三人すべてがこの句を一番に指名したのです。
 確かに俳句の表現方法としては異質です。しかしそれを除けばこの句は難解でもなく、春の新しい門出への希望と逆に不安をも持ち合わせた微妙な感覚を言い当てています。作者に言わせるとそれを今はやりの「携帯メール」「ツイッター」「SNS」を使って一句として表現したかったようです。
 これを俳句として否定することは簡単です。否定する前にこの句を凌駕するような圧倒的な句を作るべきなのが海紅の精神で、一碧楼の言う個性の煌めきです。同じような句の並列よりもそのお互いの力と力がぶつかり化学変化が起こらなければ自由律は坐して死を待つばかりで、その将来はないと思います。
 ということは皆さんが自分の句にそれぞれ自信を持ち自分の信じる句を作り、このような大会や句会などに提示することが大事なことです。
 広太君は自信を持っていいと思います。ただし二番煎じは効きません。守るよりも攻める立場の方が難しい理由はここにあるのです。そして攻めるにはやはり若さのパワー必要です。一碧楼の句が年代と共に変化していったのと同じように誰しもの句が日々覚醒していければと思います。
 そんなこんなで私の持ち時間が無くなったようです。

【大会句上位句より】          梶原 由紀
 七位以降は、大会参加者の作品を取り上げました。
 句会で触れた七位の句は、次の四句です。
  悲しみ花になり雪になり消えてしまった    若木はるか
 悲しみが消える過程に共感する意見が多く集まりました。「悲しみ」の位置を「花になり雪になり」の後にするなど、言葉の効果的な位置についての意見が出されました。
  春一番あなたでいっぱいになる        平林 吉明
 幸せな様子に魅力を感じる意見が出されました。一方で春一番そのものは冷たい風であり、「あなたでいっぱいになる」ことは喜びだけではないのではないかという見方もありました。
  ぽたっぽた氷柱つたって春がほら       吉川 通子
 氷柱の姿に光が詠まれていること、「ぽたっぽた」のオノマトペに研ぎ澄まされた感覚が表れていることに賛同が集まりました。状況を全て言い表しているとの指摘もありました。
  少しある風の日は菜の花にむせぶ       大西  節
 最近の花は匂わなくなったと危惧する声のある中で、「むせぶ」の身体的感覚に賛成が集まりました。風に菜の花がちらついている様子も美しいとの声がありました。
  十四位の句については次の四句の意見交換を行いました。
  目分量で淹れるコーヒーが朝の平穏      渥美 ふみ
 詠まれている風景の平和な様子を良しとする意見が出ました。目分量で淹れる何事もない余裕が、句の魅力となっているようです。
  スズメもセキレイも太ったな雨水だってさ   田中 耕司
 「雨水」の使い方を面白いとする意見が出されました。雨水は二十四節気の一つであり、いわば硬いイメージの言葉です。それを句のように詠むことで、自由律俳句の表現法の魅力を改めて広げているという見方がありました。
  くたくたノギスかばんに入っている女     大川 崇譜
 「ノギス」とは何かについて句会前より話題になっていました。測定工具の名称をそのまま読むことや女性が持っている意外性を、面白いとする声がありました。
  桜餅でこぼこを許す              梶原 由紀
 「でこぼこ」を面白いととる意見のある一方で、「でこぼこ」の桜餅がどのような状態を指すのかについては解釈が分かれました。

【その他の大会句より】         平林 吉明
 今大会は参加者が少なかった代わりに今までの大会ではお目に掛かるだけでお話をする事のなかった方々と始めてお話しすることが出来てとても嬉しく思いました。
 何時も句を拝読させて頂いていて、失礼ながらこの年齢でどうしたらこの様な瑞々しい句がお作りになれるのか不思議に思っていましたが、お会いしてお話しを聴かせて頂きハッキリ分かりました。静かなご婦人でも、お話をしてみるとそのお姿からは想像も付かない言葉の端々にとても激しい情熱を秘めておられることが分かりました。そしてその暮らしの中には様々な悲しみや苦しみや喜びが渦巻いていて、いやがうえにも句を作らざるを得ない宿命や業の様なものを感じました。
 今大会で私が披講を担当したのはあまり点の入らなかった句ですが、点が入っていないからと言って決して魅力に欠けているつまらない句ではありません。何処かに賛成できない原因は有りますが、その反面それぞれに個性的でその方の暮らし振りが感じ取れる句が多く見受けられました。
  忘れることもある読み返す本の染みと赤線    森   命
 詩情溢れる下の句に対し上の句が説明的に思え上手くかみ合っていないように思いましたが、作者曰く年老いてゆく事への感慨や悲哀を読み取って欲しいとの事でした。上の句をもう少し端的な表現にすると作者の意図がより伝わると思いました。
  中学生の死ねと大好きの狭間          杉本ゆきこ
 中学の美術教師でもある作者ならではの生活に密着している句ですが、「狭間」はその中学生を傍観者的な目で俯瞰しているように思えて少し距離を感じます。「死ね」とか「大好き」とか極端な言葉しか持てない今日の中学生の心情の深みをもう少し抉り出して欲しかったです。
  桜咲いてもハナニラの純情には敵わない     中塚 唯人
 この季節、海紅社でハナニラと言えばどうしても「花韮忌」が浮かびます。世の中は桜に浮かれていても海紅の人々の思いは、檀先生への思いに溢れています。奇しくも本日は中塚檀二十五回目の「花韮忌」でした。
  まつぼっくり拾いまた拾い近道が遠い      原  鈴子
 お孫さんとまつぼっくりを拾いながら家路に着くのんびりとした作者の気持ちの溢れている句です。「拾いまた拾い」「近道が遠い」さり気ない言い回しですが、距離感や時間の流れてゆく様子が端的に現されていてベテランの実力を感じました。
  にがっ!蕗の薹が味噌汁の中で怒っている    上塚 功子
「にがっ!」が唐突な感じもしますが、素直な気持ちが伝わりそれ程の違和感は有りません。「味噌汁の中」あたりにもう少し工夫が有ると面白い句になるように思います。
  チョコレート春を舌にのせる          石川  聡
 今の時期ですとどうしてもバレンタインのチョコレートを連想させます。「春を舌にのせる」が面白い表現で作者の個性的な季節感が出ています。軽い雰囲気を持った句ですが、それ故に今ひとつ物足りなさも感じます。
                                  
懇親会記』             中塚 唯人
 お待ちかねの懇親会は石川聡君の司会進行で定刻の六時より始まりました。先ずは乾杯の発声は田中耕司氏より。これは最後の〆の頃になると酔っ払って無事お役を果たせないかも知れないという配慮からです。
でにカラオケの出番を待ちかねている人もおりましたが見事に挨拶を終え、おきまりの「しばしご歓談を」となります。
 閑話休題、いよいよカラオケの選曲依頼に森命君と梶原由紀さんが回ります。カラオケはここが一番時間がかかるところですが、海紅のお仲間は頼まれたら何事も断りません。もちろん当然唄うことは勘定に入っていますが、頼まなくても積極的に申し出る人もおります。
 私のカラオケ感は、上手い下手の基準よりも、ここでこの人の歌、カラオケでしか聞けない歌を聴けるかどうかにあります。それがお人柄です。例えばいまは亡くなれた秋田の塩野谷西呂さんの「あこがれのハワイ航路」、これはいま思っても最高です。なにせカラオケがあろうと無かろうと我が道を行く、音程もリズム感も西呂さんの唯我独尊です。その勢いにはカラオケが西呂さんの歌から外れているのではないかと思うほどです。それからその当時は、またこれかと思っていたのですが、都丸ゆきおさんの「公園の手品師」。これも印象が薄れることはありません。そして小山智庸さんの名調子、カラオケの音が悪いと言って歌うのを拒まれたこともありました。皆さん歌う方はそれぞれ真剣です。そうそう平林吉明君の三橋美智也もいまでは滅多に聞くことが出来ませんね。
 途中お喋りをするのですべての方の歌を覚えていないのが失礼なことですが、また聴きたいという私の独断と偏見で印象に残った曲を。まずは渥美ゆかりさんの岸洋子が歌った「希望」。この曲は私の一年大学の先輩がいたフォー・セインツの作った曲です。まずは今ではここでしか聴けない曲です。選曲の良さに座布団一枚です。次ぎにまるでタイムマシンで戻ったかのような、石川聡君の「北酒場」。彼は五・六年かの海紅ブランクがありましたが、それを乗りこえるあいも変わらずの聴きたかった歌でした。懐かしくもまたあの歌が聴けたかというだけの感慨ですがそれが大会でしょう。それと新人の西藤広太君の、曲名は忘れましたがサザンオールスターズの曲です。彼は句会の時に「カラオケ唄えよ」と言ったら、「いやあ、僕はカラオケあまり‥‥‥」と言っていたのに堂々とマイクは持つし、機械の操作は熟知しており、リクエスト曲をポンポン打ち込みます。どいうこっちゃ、ただもんじゃないと思ったものです。まあやってみたらという度胸の良さは掘り出し物です。
 そうこうするうちに、なんとしばら
投句をお休みしていた、湯原幸三がここへ来るという連絡が入りました。私も興奮冷めやらず思わず入り口のドアを開けるとあの長身の彼がこちらを振り返り笑顔で挨拶して来るではありませんか。思わず夢ではないかと思うほどです。仕事が近くでとのことで、とりもなおさず駆けつけたということで、直ぐに帰りましたが今回のビッグサブライズでした。これだけでも大会は大成功とも言えるでしょう。
 続いてのサプライズは、本人達は私の無茶振りと言いますが、石川聡君と若木はるかさんの兄妹デュエットで「銀座の恋の物語」が聴けたのも今回の特筆ものです。そこで私も調子に乗って上塚功子さんと吉川通子さんの姉妹デュエットをごり押ししましたところすんなり受け容れられ、由紀さおりとお姉さんのデュオを思わ
せるハーモニーが聴けました。さらにと
見回しますが三番煎じはお後がよろしい様で。
  私ですか? ジュリーの「危険な二人」を唄いましたが、人に言わせればいつも通りと言うでしょうが、ボルサリーノ風の帽子がないのと、二年前の大会以来のカラオケと言うことを弁明としましょう。でも皆さん久しぶりにジュリーの歌が聴きたかったと信じて疑いません。
 そうこうしているうちに楽しい時間というのはあっと間に過ぎてしまい、最後に「赤壺」の原鈴子さんに締めの言葉をいただき、次回の大会での元気な姿での再会を約束して、石川聡の三本締めで無事お開きになり
ましたとさ。めでたしめでたし