【大会記】 森 命
令和元年十一月二日、海紅全国大会が熱海ニューフジヤホテルで開催されました。台風十九号の影響で延期されたため参加できなかった方もあり十七人の参加でありました。北は秋田の船木恵美さん、西は赤壺の原鈴子さん、大西節さんと全国の名にふさわしくお集まり下さいました。会場は本館一階の「オーロラ」です。上塚功子さん、吉川通子さんに杉本ゆきこさんも加わって受付と、お茶、お菓子の準備は馴れたもの。 午後一時開会。まず前大会の後、お亡くなりになった小山智庸さん、遠藤佐和子さんの御冥福を祈り一分間の黙祷。続いて、すっかり顔馴染みですが渥美ゆかりさんから左回りに自己紹介に入ります。
いよいよ大会入賞作品の発表。
一碧楼賞
かたつむり父の筆圧をゆるす さいとうこう
二位
母との会話ちぐはぐ暑さのせいにしよう 中村 加代
三位
コオロギ次の小節をもったいぶって 大川 崇譜
四位
朝霧にぬぐう地茄子の尻 大西節
五位
蚊帳吊り草四つに裂いて昔を近くする 福田 順子
社主より表彰があり句会に入ります。
二時四十分記念撮影をして休憩。後半句会は平林吉明氏の進行で全員の方が句評発言しました。今回も海紅一家らしい大会です。
句会を終え四時十分、今後の編集について社主より提案と説明がありました。レイアウトについては、大川崇譜さんが資料も用意され熱心に説明されました。少し長引き五時二十分、急ぎ各自部屋へ。
懇親会は五時三十分から二階の和室「紅梅」に移り、原鈴子さんの乾杯の音頭で始まり、いつもの如くカラオケで盛り上がりました。和室のためお足の悪い方もあろうと社主は椅子も準備しておられました。マイクが不調だった事もお伝えしておきます。二時間があっという間に過ぎ大西節さんが締められました。
二日目は別館アネックス一階のとても広い「麗峰」にてバイキングの朝食。満腹のあとは当日吟一句を梶原由紀、平林吉明さんが集めます。
皆さん荷物を持って再び大会場の「オーロラ」へ集まり、九時より、さいとうこう、梶原由紀両氏の進行で当日吟句会。ホワイトボードに書き出した句に、それぞれが五句ずつを投票します。ボードの前で代わる代わる自分の名を書き入れる皆さんの姿が印象的でありました。
十一時句会を終えた後は列席の誰かれともなく今後の海紅の在り方に意見が出され、その気宇広大な内容に安堵の空気が流れました。
さあ十一時四十分別れをおしみながら「オーロラ」を出、十二時五分のマイクロバスで熱海駅へと向かいました。ここでも笑顔ながら惜別の会話が続いた事は言うにおよびませんでした。
【大会句会第一部より】 中塚 唯人
一部では投句者全員による選句で上位に選ばれた句を取り上げます。
一碧楼大賞
かたつむり父の筆圧をゆるす さいとうこう
父親の書いた字を見て老いを感じ、やさしく見つめる優しさが多くの人の共感を呼んだようです。この作者には優しさと、バタバタと小手先の技術や目先の巧さにとらわれない落ち着きを感じます。これは俳人にとって大切な資質で海紅人のこれまで培ってきた美徳と思うのです。
第二位
母との会話ちぐはぐ暑さのせいにしよう 中村 加代
なんの変哲も無い日常の一コマだ。こういう句が評価されるのは先の句と同じように海紅人の優しさと思う。
第三位
コオロギ次の小節をもったいぶって 大川 崇譜
作者の発想はいつも際立ち感心しますが、得てすると作りすぎてゴチャゴチャになり意味不明になることがあります。この句は作者に言わせると大会句仕様と言うことです。つまりは裏返しをさらに裏返したらモトへ戻ったと言うことでしょうか。瞬間を切り取った面白い表現句と思います。今後がさらに面白くなりそうです。
第四位
朝霧にぬぐう地茄子の尻 大西 節
無条件で絵が浮かび、これは市場での出来事ではなく丹精込めた自分の畑での一場面でしょう。まるで我が子を愛おしむような愛情を感じます。
第五位
蚊帳吊り草四つに裂いて昔を近くする 福田 順子
この方は「赤壺詩社」の同人で今回投句をいただきました。大会が台風により一度延期になったためお目にかかれませんでしたが、いつも各地俳況で注目していました。さすが海紅人、知らない人の句でも良いものは認める眼力がありました。
この句のすごさは茅吊り草を見た視覚からではなく、裂いた音からその昔を思い出す発想です。こういう発想見慣れたものではなく見習いたいものです。
その他での上位句
第六位
黙祷いびつな踝で立っている 吉川 通子
第七位
祈り終わったあなたを祈っている さいとうこう
第八位
風が曲がる古すだれ少し歪 渥美 ふみ
第九位
あなたも傘のない杖か 梶原 由紀
朝のシャワー八月号はひらいたまま 〃
句会ではいつも申し上げますが黙って坐っているだけではなく必ず何か一つでもお土産を持って帰ることです。そのためにはいつも疑問を持ち、どんなことでも遠慮無くその場で解決することです。そういった言葉と言葉が交換されることで句は向上します。そういった土壌が大会を通じて見られるようになったところは進歩と思います。
【大会句会・第二部より】 平林 吉明
海紅全国大会第一部 社主による上位句の披講に続き第二部、その他の句の披講は吉明が担当いたしました。
賛成の票こそ多くはありませんでしたが、それぞれに個性的で魅力的な句も沢山ありました。
和太鼓轟轟 竜神招き酷暑鎮めよ 上塚 功子
漢字が多くて硬さを感じますが、それが和太鼓の轟に聞こえ勇ましさも感じます。
木槿の花揺らし夏がいくよ 吉川 通子
何故この句に票が入らなかったのか不思議に思いました。何気ない自然の姿を自然な言葉で詠っている地味な句で見逃してしまいがちですが、大きな感情が静かな描写となって表現されています。
朝のシャワー八月号はひらいたまま 梶原 由紀
昨夜の余韻を洗い流すかのような爽やかな感覚の句です。「八月号」と月刊誌であることに限定していますが、号を外して「八月はひらいたまま」とするとよりイメージが広がり奥行きの深い句になるように思います。
共に歳食ってひとまわり小さな母のて 岩渕 幸弘
俳句に対する基本的な原初の思いと言って差し支えないと思いますが、御年輩の同人の方からは母に対して「歳食って」とは母に対して失礼なのではないかとの指摘がありました。
祈りいちまいまたいちまい鱗雲いちめん 石川 聡
とてもよく考え抜かれた句で、畳みかけるような韻やリズムが様々な祈りの気持ちに覆い被さってくるようです。海紅の伝統的な技巧の手法とも言える句です。
ゆうべ増水させた月が笑ってらあ 森 命
今年は大きな台風が次々上陸し大変な被害をもたらしましたが、この句を作った時の「増水」はそれ程の被害が出なかったからこそ「笑ってらあ」と口語で軽く語れたそうです。この口語での「笑ってらあ」が生の声として伝わり魅力に感じる句です。
不夜城は星を消す空の悲しみ 渥美 ゆかり
都会の方の句かと思われますが、実はゆかりさんの句でした。夜空の星も年々都会化されてゆくことで見えなくなってゆく悲しみ、その空の悲しみは、まぎれもなく作者自身の悲しみでもあります。
バックミラーに映る雲は泣いていた 杉本 ゆきこ
車の鏡に映る雲は反転して現実からどんどん遠ざかって行く歌のメロディーの様であり、泣いているのは車を運転している作者自身の気持ちでもあります。
どんな夕焼けも美しい 若木 はるか
短律で分かり過ぎてしまうという事で賛成者は少なかったですが、「どんな」と形容された夕焼けの美しさは「どんな人間も美しい」と読む事も出来てスケールの大きさを感じる句です。
炭坑節が爆発するあれは親父のリズムだ 中塚 唯人
炭坑節を聴くとわくわくしてきて「親父のリズム」がとても面白いです。盆踊りが大好きだった檀先生を詠った情の深い句です。
戦没者追悼と聞くだけで涙がにじむ 船木 恵美
想いをその通りに詠んだ句で正直な良さは有りますが、新聞の見出しの様で恵美さんのよさがあまり出ていない句です。
私の目「こんにちは」あなたの目 平林 吉明
人との出会いの嬉しさを詠った自分なりに冒険したつもりの句でしたが、はるかさん一人だけの賛成でした。それで十分です。有難うございました。
【懇親会レポート】 梶原由紀
懇親会は二階和室「紅梅」にて行われました。和のおもてなしを堪能しつつ、ご参加の皆様の歌唱に酔いしれました。
トップバッターは「酒よ」を歌った聡さん。堂々とした歌声に全員が一気に掴まれました。「心ほどいて」のゆきこさん、ユーミンといえば間違いなくゆきこさんでしょう。「天城越え」のはるかさん、しっとりした歌いぶりが似合っています。「あの素晴しい愛をもう一度」の幸弘さん、発声の美しさは圧巻です。「ギザギザハートの子守唄」の唯人さん、やんちゃな詞も歌いこなす芸達者なお姿です。「TRUE LOVE」の吉明さん、さすがは横浜の色男です。「長良川夜曲」の命さん、やはり命さんの歌声は欠かせません。「ささやかなこの人生」のこうさん、大分から出てきた私には伊勢正三は感無量でした。私は「夢先案内人」を、随分荒い案内人ではありますが捧げました。「川の流れのように」のゆかりさん、重厚な歌詞とゆかりさんの見事な声とが、凛とした調和を奏でていました。圧巻でした。「おひさま〜大切なあなたへ」の功子さん、澄んだ優しい声に魅了されました。「真赤な太陽」の崇譜さん、ご本人の格好良さが存分に発揮されていました。「糸」の通子さん、明るい通子さんらしい、とてもキラキラした糸でした。「翳りゆく部屋」の吉明さん・ゆきこさん、お二人は阿吽の呼吸でした。「星降る街角」の命さん・唯人さん、楽しくなるひと時でした。締めは命さんの「流氷子守歌」、これから来る冬も海紅の皆様がいれば心強いです。
皆様の歌もさることながら会話も弾む時間でした。先輩方とご同席し、とても有意義な時間を戴くことができました。心より感謝申し上げます。
【当日吟行会】 さいとうこう
大会二日目の朝は、宿泊者のみでささやかなミニ句会を行いました。皆別れを惜しむかのように大会の思い出を句に託します。
湯の町店のあれこれぶらりそば屋をさがす 渥美 ゆかり
トップバッターは海紅の大ベテラン渥美ゆかりさんの句です。参加者の声はこちら。
「熱海の町の様子がよく出ている」、「ずばり旅行吟!」、「日常からの解放を感じる」
熱海と言わないところが粋ですね。
逢えば口ごもり湯の坂登りきる 大西 節
こちらも海紅のレジェンド大西節さん。
「きる、がよく効いている」、「口ごもり、に作者の気持ちがこもっている」等の評が出ました。節さんの優しい人柄がうかが える句です。
熱海の川の音もする朝 さいとうこう
つづいて私の拙句です。
「熱海は海だけじゃない。川もある。見るべき光景だった」、「海もあるけど川の音「も」するのが良い」等の評をいただきました。熱海の川の音で目が覚めた、そんな朝でした。
ぶた草嫋《たお》やかにただ頷《うなず》いている 平林 吉明
横浜からいらっしゃった吉明さんの句です。
「旅行吟なのに道端の草花を詠むのが良い」、「嫌われているぶた草を詠む姿に優しさを感じる」との声。
感性の鋭い方の句だと思いました。
点々と空溜り東の西の芋煮会 森 命
岐阜からお越しの命さんの句です。
「熱海なのに芋煮とはどういうことなのか」という声があがりました。山形出身の若木はるかさんと朝食時に芋煮の話が出たのでそれを句にしたとのこと(芋煮は山形だけでなく全国であるようです)。
朝食の会話を句にされるとは。会話を交わした者だけが思わずニッコリしてしまう。これも旅の醍醐味ですね。
錆色の坂道下り笑いころげる 原 鈴子
倉敷の赤壺詩社から鈴子さん。
「心の動きが感じ取れ、何とも楽しげ」、「錆色の坂に街の匂いを感じた」、「暗い錆色と下句の楽しい様子との対比が上手い」といった評が集まりました。
最も点数を集めた句です。参加者の心に気持ちのよい感動の風が吹きました。
熱海の変わり様貫一お宮驚きさぞや 上塚 功子
熱海名物(?)貫一お宮を詠まれたのは功子さんです。
「絵葉書のようで美しい」、「意味はよく分かるが、少し報告的な印象がする」等の評が出ました。
確かに最近は若者向けの飲食店が増え、かつての熱海とは様変わりしています。鋭い作者の目線が印象的です。
最后の上京椿の蕾《つぼみ》ふくらむ朝 船木 恵美
隆盛を誇った秋田自由律の生き字引恵美さんの句です。
「実感がこもっている」、「蕾に重ねる気持ちが切ない」、「東京へ向け出発する気持ちがあたたかい」等の評が集まりました。
この句の感想を求められた由紀さんの言葉が忘れられません。
「これが最後ではなく、また次の大会でも元気な恵美さんとお会いしたいと思います」
思い出手繰り二重唱する紅葉 吉川 通子
軽井沢からお越しの通子さんの句です。
「紅葉の紅とオレンジの二重唱でしょうか。美しい光景です」、「思い出手繰り、美しい表現に心を打たれました」等の評が出ました。
童謡「紅葉」が作句の動機とのことでした。ご姉妹の功子さんとさぞ素敵な心の二重唱が奏でられたことでしょう。
そ、そんな急に寒さTシャツ短パンのあたま隠す 中塚 唯人
つづいて社主の句が登場です。
「そ、そんな、の部分があまり効果的ではない」、「言いたいことが分かりにくい」等の声があがりました。
社主曰く、先日亡くなった来空氏がよく使用されたテクニックとのこと。亡き大先輩への哀悼の句でした。
山をかたどる灯に話す 梶原 由紀
つづいて本句会の司会を務められた由紀さんの句です。
「想像が膨らむ良い句」、「かたどる、が上手い」、「生活の情景が浮かぶ」等の好意的な意見が集まりました。
昨夜の楽しい宴の思い出がじんわりと蘇ります。
山紅葉ひとひら海が受けとめてくれる 若木 はるか
山形からお越しのはるかさんの句です。
「理屈ではなく自然と惹かれてしまった」、「歌詞のような美しさ」、「散文調だが、それが気にならないほどスッと心に沁みる」等の評が出ました。「海紅」の二文字が入っています。なんて粋でしょう。
たぶん架空熱い風と海星《ひとで》たち 杉本 ゆきこ
最期を締めるのは横須賀からお越しのゆきこさんです。
「架空とは、目を瞑ると思い出される夢のような光景ではないか」、「過ぎた夏を想い、今秋を想う。つまり二つの時間を詠んでいる大変上手い句」などの評が出ました。
熱い風は熱海の「熱」でしょう。旅の思い出が作者の心にキラキラと輝いているようです。
当日吟行会も心に残る佳い句がたくさん生まれました。熱海でのかけがえのない思い出がかけがえのない句を生みました。作者の実感のこもった句は、そのまま参座した者の心まで届き感動を与えてくれました。熱海の穏やかな秋の陽気は名残惜しそうにいつまでも我々を優しく包んでくれたのです。