寄稿万華鏡2

五月俳三昧纏め                          平林 吉明

 水をください浅ましく齧る       由 紀
【句評】
 何を齧るんだろう、と考えてみました。「浅ましく」から上品なものではなく、貪るように腹を満たすために、といったニュアンスが感じられます。この時代、乾きや飢えを感じたりする部分というのは、人と人との本当のつながりとか、信頼関係とか、癒しとか、孤独の解消とかカタルシスとか、そんなことの象徴を感じました。
 ここまで考えて、これは具体的に出すと詩情が削られるからわざと省いたのだろうという結論にいたりました。案外シンプルな動機や状態なのかもしれません。
【作者から】
 肉でも野菜でも食物から水分を摂るとき、ふと彼らに依存して生きていかねばならない人間の業をかんじました。

 名前のない人濡れている五月雨     ゆきこ 
【句評】
「名前のない人」がちょっと曖昧で、この曖昧さをはっきりさせると切り口が定まって来るにでは、と思いました。「名前のない人」とは誰なのか、自分なのか二人称なのか三人称なのかミステリー小説のような不思議さがあります。群衆の中のひとり、記号化された人々、意志を持たない人、雨で顔が消された人が浮かびました。五月雨までも無機質な感じがします。
【作者から】
「名前のない人」という意味は、一つは記号化されている人ということです。レゴブロックの人形みたいな感じを言い表したかったです。あともう一つの意味は名前がある不自由さ、そんな誰もが平等に五月の雨に濡れているという、そんな意味です。

 夜明けの波あるいは貝殻ふぞろいの永久歯 こ う
【句評】
 非常に挑戦的な構成の句ですね、こういう構成は見たことがありません。三つの要素はゆるくイコールで繋がれていて、それぞれが互いの比喩になっているのだと思います。波が貝殻になり、歯になり、歯がまた波になり、句の上下を波が寄せては返すように互いに響き合っていく極めて詩的な作品となっています。「夜明け」から孤独のようにも希望があるようにも読め、ネガティブとポジティブのバランスが面白いです。
【作者から】
 夜明けの波も貝殻もまたそこにいた少年もすべて現実の景色です。その風景はどこか奇妙で、でもなにか希望のようなものを感じました。それらのオブジェクトを淡々と冷静に並列させていくことにより逆に各々のオブジェクトが際立つのではないかと思い句作した次第です。

 薄い寝具へ罪と沈む           聡
【句評】
「沈む」→sinkが、「寝具」とシンメトリーを形成していると思いました。「薄い」が良いですね。罪の報いの象徴である寝具が薄いことで、罪に対する心情や距離感が表れていると思います。罪とは何気ない日常の一コマなのかも知れませんが詩情を感じました。沈むという短い言葉で肉体と精神の関連性を上手く表現できていると
思います。
【作者から】
 罪は大袈裟ではなく、軽い罪悪感とか反省程度のかんじです。薄い=thin(シン) 寝具=しんぐ 罪=sih(しん) 沈む=sink(シンク)
日本語と英語を混ぜた陰韻を踏んでみました。普通の句として、夏の寝具に軽い反省をしながら眠りに落ちると取ってもらえれば良いです。

 黄緑のグラデーション風がなでてゆく  はるか
【句評】
「グラデーション」の音が流れるように読めることもあり、黄緑の景色と風が音からもイメージできました。奇をてらわない、おおらかな詠みぶりが心地よいです。萌えでた若葉が風に裏返って、照り変える色の帯となる様まで目に浮かんできます。ただ結句の「風がなでてゆく」が少し平凡に感じてしまいました。
【作者から】
 若葉の季節、木々の種類ごとに緑の色が違って、山は黄緑の色見本のようです。それも日々、成長と共に色を変えてゆきます。陽が射す、翳るでも色が変わりますね。
 そして、風が吹くと葉裏がひるがえって白っぽくなります。「風がなでてゆく」は迷ったところ。「風がひるがえす」あるいは「裏返す」の方がイメージしやすいでしょうか、「愛でる」気持ちも込めて「なでてゆく」を選択したのですけれども。「風が白混ぜてゆく」とか?
 
 今にも降りそう藤の花に染まる山    通 子
【句評】
 作者の一義的で率直な思いが句に乗っていて魅力的です。藤の花の盛りを迎える山を毎日見ている作者の気持ちが一句に出ています。
「今にも降りそう」を藤の花の姿と捉えると説明的に思えますが、「今にも降りそう」なのは雨と捉えると、大気の湿度や「藤の花に染まる山」の色彩の移ろいが感じられて季節の到来を告げているように思えます。
「藤の花に」の「に」が「降りそう」の勢いを止めてしまっている気がしました。「に」を消して「藤の花染まる山」でリズムを作っても良いと思います。
【作者から】
 雨が降りそうだったんです。雨をとってもわかるだろうと考えましたが、紛らわしかったですかね。盛りの頃の藤の花は暗くてもよく見えるんです。終わりの頃には花の方が色褪せたり、やや黒ずんで見えにくくなります。次に咲く花が主役になってくるからでしょうか。今はヤマボウシ、ニセアカシア、そろそろ合歓の花。桐の花はまた見たくてあの辺りだったかなと探すのですが、まだ見つけられません。 

 こうしてジャスミンに幻惑されてしまった 耕 司
【句評】
 幻惑される作者の姿にきゅんとしました。シンプルかつダンディー、思わずポツリとこぼれた一言のような、そんな渋さを感じます。「ジャスミン」「幻惑」この二つが核だと思うのですが、だとするともう少し違う切り口が見てみたいと思いました。心地よい音楽のイントロを聞いたような気がします。 
【作者から】
 近頃は、沈丁花も金木犀も匂いというか香りというか弱くなってしまっている。そんな中で、ジャスミンだけは強烈な香りで何とも言えない存在感をもっている。毎年この時期になるとジャスミンの香りに幻惑されているように感じている。

 粉糠雨ことのはてのひらに溢れ     吉 明
【句評】
 細かい雨でもびっしょり濡れてしまいます。掌から雨がこぼれるくらい、何か言葉が溢れてきたことを詠まれたなかなと思いました。雨を他者の存在と読むか作者の分身と読むか迷いました。どちらで読んだとしても口ではなく直接言葉を発していないてのひらであることが意味を持つと思いました。粉糠雨は詩の元、いつのまにか心が濡れそぼつような無意識的詩情を象徴しているように感じました。
作者から】
 句にしようと思った事柄は、生々しく猥雑なものでしたが、それを隠すように幾重にをオブラートに包み、角を取っているうちに全く意図とは違った句になってしまいました。ストレートな表現を躊躇ってしまいました。