寄稿万華鏡1

句評―四月号作品より

                       大迫 秀雪選
ふんわりとオムレツ焼ける満月の夜      森川 チヤ
 これはお月様で作ったオムレツなのでは?と錯覚してしまいましたが、それなら納得、ふんわりするワケです。六分の一の重力で、兎もふうわりふわりと跳ねる、跳ねる! ただし、これは誰にでも出来る技ではありませんね。とても美味しそうです。

些少の縁うつぶく節分草           大西 節
 言葉選び、韻律、内容全てがハマっていて、切なくも美しい句ですね。何度も音読したくなります。

波紋が枯葉を揺らす             笠原 マヒト
顔鯉の背中に映る                〃
廃屋ではなく住居                〃
 淡々とした事実の報告の奥に、作者はいくつものドラマを見ています。喜怒哀楽、夢、希望、絶望など。読者もその時々により様々なドラマを見ることができます。

金槌無口でいる               加藤 晴正
 金槌が無口なのは、己が痛みを深く知る故ではないでしょうか。誰にも理解されることのない痛み。硬く冷たい独特の重みがそれを感じさせます。仮に饒舌な金槌などというものがあるとしたら、それはそれで信用ならない気がします。ところで、「金槌」の表記が「鎚」ではなく「槌」であることに意味があるとしたら解釈も変わってきそうです。

地球の芯玉ねぎ一個かもしれない         〃
 我々が知り得る真実など一体どれだけあるのでしょう? 地球の芯には核がありマントルがあり・・・しかし誰一人見たことはありません。さればこそ、その芯には綺麗な花を咲かせる小さな種子がじっと発芽の時を待っていたり、空っぽの空間に地球と同じような星が浮いていたり、またはそれこそ玉ねぎがひとつあるだけなのかもしれないのです。常識とは何だろうと考えさせられます。

目鼻消え石になりつつ地蔵ほほえむ      原  鈴子
 鈴子さんお馴染みのお地蔵様ですね。毎度登場するたびに温かい気持ちになり大好きです。これからも詠み続けていただきたいと思います。

薄荷瓶北の国から猫便り           ひつじぐさ
 薄荷瓶というものを知りませんでしたが、音感と字面から来るイメージは、透き通るほど清らかで懐かしいものでした。それにプラスして「北の国」「猫便り」から、様々な色や温もりが広がります。こうして私はよく音感と漠然としたイメージで句を楽しむことがあります。ひつじぐささんには、意味よりも先に映像(イメージ)が立ち上がる作品が多いように思います。

 最後にその他いくつかの感銘句を挙げておきます。
花当番紅の侘助一枝雪道           伊藤 角子
ちがうところ見ているケバブを削り      大川 崇譜
大正の人は聞かれ挙手ただ一人        中塚 銀太
春の匂いに振り返る             森  直弥
見上げるがいい夕焼け吸い込んで軀を満たせ
若木はるか

                    原 鈴子選
藪椿の顔立ちを褒める            上塚 功子
 茶花として藪椿は重宝されている。我が家にも白い藪椿があり、今清楚な花を咲かせている。ふつう赤が多いが、花のない時買ったら白が咲いた。白もあるのだと嬉しく感激した。半開きの小さな顔立ちを褒めている。

その正義は冷たい              河内 秀斗
 短律の典型と思う。有無を言わさぬ正義、正論で責められる時、それはそうだけど・・・、冷徹です。
 俳句論も何が正論か、難しい。

匿名になるため待つて夜の暗さ        空心菜
 夜の暗さと匿名、その共通の意識を心象で表している。匿名ということは顔が見えないということで、自由に物が言える。が、もどかしい。

遠くなる記憶と夢の続き追う         熊谷 従子
 若い時の記憶、その頃の夢、忘れてはいない。今なお夢を追っている。すばらしい。他の句も安定して佳句である。

野焼きの赤い炎に神が宿っている       小藪 幸子
 そのように感じることがある。心象である。感じる心が俳句になる。身の回りに目を配れば見えてくる感性がいい。

の芽は触れたい祖母の指          さいとうこう
 本当は、祖母が木の芽に触れたいのであるが、そう書いたことで、祖母を見ている人のやさしさが見える。年を重ねていることへの尊厳を見ている気がする。彼の句に、気になる句があった。「って唇もう春ですか」色々挑戦している姿が見える。

みどりさん逝く音もなく山茶花重なって    清水 伸子
 句がどうのこうのではなく、長年の句友、みどりさんの死、思いのこもった悼句である。
 楽しくて、かわいい句を見せてくれていたみどりさん。そのままの陽気な性格、人懐こい人柄で話しかけてくれたのを思い出す。

白いマスクが一番しゃべっている       杉本 ゆきこ
 現在の状況をよく表している。コロナウイルスの蔓延はいつ終息するのか、マスクが喋っている。よく言葉を見つけたと思う。

池袋の空反り返ってみる           千田 光子
 昔池袋の高いビル街に立ったことがある。まさに反り返ってみたことである。その頃有名だった一番高いビルを見に行ったのであるが、たしか池袋、空をみるには反り返るのか。

令和のはる仏壇黄色のセンリョウにします   田中 耕司
 仏前に備えるにはそぐわないセンリョウ、だからせめて赤でなく黄色にする。亡くなった父君にと供えたのだと思った。「春ですよ」と。
「はる」をひらがなにしたのは漢字を重ねたくなかったのだと察する。熟練者の知恵かと。

                        杉本 ゆきこ選
大根畑に捨てられてつぶやく         大西 節
 作者が畑を脇に歩いている句、前にも選ばせていただきました。生活の一場面が見えていて好きです。
 この句は、冬の終わりに大根が畑に捨てられていて、捨てられた大根にも目を向ける作者の優しさが伝わります。
 大根がつぶやいた言葉は、「誰かに料理してもらいたかった」「もう春か・・・」でしょうか。

椿ぽとりぽとりと華やぐ           大内 愛子
 椿の花は、本当に綺麗です。紅や白、ピンクと赴きが違いますが、咲いている時は見事という感じで満開を楽しめます。また、ぽとりぽとりと地面に落ちる時の瞬間は、見ることはあまりできないですが、「華やぐ」という表現がとても素敵で、女性らしい句です。

蛍光灯二回咳しておやすみ          河内 秀斗
 作者の一日の終わり、蛍光灯を消す時の音が、蛍光灯が咳をしているように聞こえたのでしょう。蛍光灯の紐をカチカチと二回ひっぱると常夜灯に変わります。
 今日がどんな一日でもほっとする瞬間です。最後の「おやすみ」は、自分自身のおまじないの様に思えます。飾らない作者の人柄が表れています。

入場無料の空が落ちてくる          平林 吉明
「入場無料の空」という言葉の発想が面白いです。空は誰のものでなく、晴れたり曇ったりどんな天気の時もフリーです。それを入場無料と言ったのは、驚きます。
 その後、「落ちてくる」は、私は落雷とかではなく、本当に美しい青空だと思いました。逆説としてずっと続く青空は、永遠であってほしいと感じました。

春一番にむきあい無性に淋しい        原 鈴子
 春一番って、いつもどれが一番? と思ってしまうのですが、作者の住んでらっしゃる場所は、春一番って直ぐに分かる所かな? とも思いました。また、「春一番にむきあい」という表現は、何かを心待ちにされていて、春一番の嵐が気になるので、むきあっていられたと読みました。

 最後に「無性に淋しい」と言われていて、その淋しさの理由がわからなくても淋しさが伝わります。ダイナミックでありながら繊細な句だと思います。

たびれて山茶花散る             船木 恵美
 作者は、何に待ちくたびれたのでしょうか? 山茶花は、誰を待っていたのでしょうか? 作者と山茶花の気持ちが一つになっているように感じました。山茶花の紅色が美しく鮮明に目に浮かびます。

 また、作者が見たこの花は特別な花としてクローズアップされます。作者の素朴でありながら、本質を見る視線を感じました。

 選ばせていただいた六句は、一人ひとりの視点を自分から見つけ出していることに、とても真摯であるという面が共通だと感じました。如何なる時もこの自分ならではの視点を持ち続けることが大事ではないでしょうか。そこが、自由律句の魅力でもあると感じます。