寄稿万華鏡1

【句評ー三月号作品より】
                   杉本ゆきこ選
  ノラ猫撫でれば骨ばかり        岡原 舎利
 ノラ猫、作者が猫の毛を触った感触は柔らかく温かいのに、骨ば
って痩せているということに気づいた。優しさも感じますが、哀し
みも伝わってきます。作者の鋭い視点がいいと思います。
  雨雨雨お地蔵様俯く          西藤 広太
 雨雨雨という漢字を三回繋げたことが、視覚的にも雨がザンザン
降っている様子が伝わってきて面白いです。お地蔵さんに優しい気
持ちを傾ける作者、傘地蔵の話を思い出しました。広太さんの若い
感覚、今後も楽しみです。
  味噌汁一人分になってテレビの音    中村 加代
作者の連れ添ってきた方がお亡くなりになり、味噌汁の作る量が
半分になり、会話の声がなくなりテレビの音が部屋に響く様子が、
とても切なく伝わります。そんな中に作者の生きていく強さも感じ
とれる句です。
  だめの見本が洋服を着る          三沢 昭夫
 だめの見本、そこまで作者がご自分のことを言い切る、潔さがい
いと思います。
 人間は誰しもだめの部分があるから、かわいいと思っています。
作者が一日の始めに洋服を着る時に感じられた言葉、悲劇の裏には
喜劇があると思いました。
  水たまり澄んでいる冬を映す       若木はるか
 冬は空気が澄んでいて、青空は美しく枯木は凜としていて雪景色
も綺麗です。そんな冬は清く他の季節とは違う思いがあります。は
るかさんの住んでいらっしゃる山形の冬は寒さも厳しいですが、本
当に澄んでいるんだろうと感じとれます。簡潔でリズムもよい句で
す。
                   原  鈴子選
  葉のない枝が空に刺さっている      笠原マヒト
 風景が目にうかびます。高い枯木を下から見上げた枝の情景をそ
のように表現した、というより、そのように見た豊かな詩的感覚が
句を生み出すと思います。
  枯葉音もなく重ねる念仏           大西  節
 音を出す枯れ葉もあれば、出さない枯れ葉もある。
掛詞のような、枯れ葉を重ねる、と観念的な意味合いの念仏を重
ねるに深い意味を感じます。音がないほうが似合うでしょう。
  友と会う日を記し七草粥すする       上塚 功子
 友と会う日を記す。なんでもない日々を句にしながら、季節の行
事を大切に、穏やかで、ほんのりとした生活を感じさせます。良い
一年になる予感がします。
  冬の角度に昏れる玉葱の青い芽        熊谷 従子
 冬の角度、日々短くなり斜めに差し込む夕日が沈む頃の昏さを、
玉ねぎの青い芽に例えていて、秀逸と思います。青い芽が実際ある
のかどうかの知識より、感覚的なものと捉えました。

  枯木が寂しくて雪を羽織る          杉本ゆきこ
 
この句も、感じるものを想像豊かに表現していて、秀句と思いま
した。寂しいから羽織るのか・・と豊かな気持ちになります。
                    
                    中塚 唯人選
  湯を注ぐときがきた新横綱顔入りのカップラ 大川 崇譜
 この句については校正の時に疑問が出ました。内容ではなく「カ
ップラ」の表現です。つまりは「カップラーメン」であるのかどう
かです。今の人達はそう呼ぶのかも知れないのかなと想像しました
が、それは一部の人にしか通じない言葉です。つまりは将来的に認
知され日本語として残るものか、一種のハヤリかということです。
句は文字として残ります。残すものではなくその時期の旬を捉えた
刹那的な瞬間もありかなともちょっと思ったのです。
  ノラ猫撫でれば骨ばかり           岡原 舎利
 海紅社へ行く道すがらのタバコ屋さんの塀の上にいつも猫がいま
す。きっとそこの飼い猫でしょうが、私はいつも善人顔でニコニコ
しながら撫でようとすると、手が触れる瞬間、塀から飛び降り脱げ
出します。ところがある日、猫が後ろ向きにいたので、千載一遇の
チャンスとそっと近寄りますと、焦ったのでしょう階段に躓きガタ
ッと音を立ててしまいました。猫はとっさに気づきパッと飛び降り、
塀の向こうでそうはいくかと私を見上げていました。もうこの猫ち
ゃんとは二度と友だちにはなれそうもありません。
 猫は俳句の大事な題材です。大切に付き合いましょう。
  餅焼けるまでまじめ             梶原 由紀
 この句は短律で何か言い足りず読み手に消化不良を与えるようで
す。しかしお餅が焼けるのをじっと注視している様子が見えてきま
す。生焼けでは固いし焼けすぎてはうまくない、そんな状況は「あ
るある」と言ったところでしょう。
 この句は餅だから良いのです。言い足らず感を季語というか季節
感がカバーしているのです。付け足しやあからさまに入れた、いわ
ゆる季語ではなく、こういう使い方が出来るのは「おぬしなかなか
やるな」と拍手です。
  全力疾走に入った梅が広げた白        田中 耕司
 久しぶりに作者の実力を見た気がします。言ってみればありきた
りの風景を自分の言葉と表現力を自在に使ってこれぞ自由律句だと
仕上げました。
 この一句のために他の九句はあると思います。話し言葉の句を作
ることで、楽をしていては佳句は出来ません。次の十句目を期待し
ます。
  味噌汁一人分になってテレビの音       中村 加代
 最愛の人を失った作者の気持ちはよく解ります。時が解決すると
いうと無責任な言いようですが、年を経れば誰しもがどこかしらで
経験してきたことですし、必ず会う悲しみです。亡くなった方の心
持ちは解りませんが、私が死んだときは女房殿には死んだ者のこと
よりも、これからも生きていくお前が楽しく幸せな人生を過ごして
おくれと言いたいです。それこそが夫婦と思うからです。

 

 

 

 
 

 

 

 
  海紅社の玄関に咲く花海棠の花。(「海紅」は「実海棠」の別称です