寄稿万華鏡1

句評―二月号作品より

                        森   命選
 真黒い雨雲せまる広いひろい駐車場   渥美ゆかり
 なんでもない風景に情を入れるところがこの作者の妙です。「広いひろい駐車場」は車が少ないことはもちろん、作者が少し高い所から見ていることを伝えます。あえて作者は意図してはおられまいが読み手にそう伝える事を熟知している作者の成せる技でしょう。「広いひろい」の重ねが見事にはまっています。

月しぐれは黙字wineそっとつぐ      石川  聡
 一読して横文字でのwineは、「そっとつぐ」と絡まって作者の控え目な気分が表されていると思えましたが何度も読んでいると、ちょっとオシャレに表現したのかとも思えてきます。そんなことを考えさせてくれるのは、wineであることは確かです。「黙字」は後句の作者を表現するに堅いのではと感じます。俳句革新の試みが伝わってきます。      

ベトナム人連れ親方もまるくなった   大迫 秀雪
海外の労働力に頼る今時の日本の労働事情をよく風刺しています。土建屋の親方は口の荒いのが相場。流石にベトナム人相手ではそうもいきません。「親方」「丸くなった」と言うのは作者も人生が長いということ。穏やかな仕上がりで好感の持てる句です 

あなたの老眼鏡が留守番するテーブル  杉本ゆきこ
 老眼鏡を置いて外出する人であり、留守番とあるから一人暮らしの高齢の人であろう。作者に誘われて一緒に外出する親御さんであろうと思えます。二人にとって楽しい時間です。「留守番」がそれを言い当てています。「テーブル」と最後に言った事で、「テーブル」に目がいってしまいます。ここは推敲の余地があると思えます。

富士見櫓見上げ江戸城欲しくなる    上塚 功子
 驚くほどスケールの大きい句です。びっくりしました。また、これだけのものを欲しくなるという作者の腹もスケールが大きい。こんな気持ちになれるということは、理屈抜きに澄んだ人柄です。上野に移り住んでからも尽きることのない東京愛は、句と作者の心が相思相愛になっています。

名は梨枝か春海も見るは返り花     田中 耕司
 久しぶりに見る回文です。しかも梨枝、春海両師を入れての句で二度三度読んでしまいます。するとすぐ回文がわかります。作者の回文は、すぐ気付かない事も多いのですが句材が良すぎたからでしょうか。私にとってお世話になった大先輩の御名前を誌上で目にする事は嬉しいことです。御二人にはかえってきて一言二言御助言をいただきたいものです。

櫓田の向こうから聞こえた気がした声  原  鈴子
 まっ先に水月公園に建つ蒲公英さんの「雪残る明かり林の中人の声する」が思い浮かびました。句意は全く違いますが名句を呼び出す力と申しましょうか。「聞こえた気がした声」はむつかしい使い方で、それを確かめる時間が表されています。危険と裏腹な使い方をクリアされた作者の技と推敲の高さを感じます。最近は稲刈りが早く、ひこばえもきっと長くなっていたのでしょう。

                  平林 吉明選
叔父遠い空そのうち雪         正木かおる
 遠い世界へ旅立ってしまった叔父への悲しみの思いが、やがて雪となって止めどなく降って来る。と言った事柄を「北北東の風、風力3」のようにまるで天気予報でも伝えるような機械的な言い回しで表現されていることが、個性的で却って悲しみを増幅させ作者の叔父への思いを深く強くしています。

夕焼け乗っけて雲はゆく        無   一
 何の変哲もない夕焼けの句ですが、写真のような静止画ではなくて、「夕焼けを乗っけて」に作者の感動が素直に現れていて、まるで動画を見るような動きのある句になっています。

寝入って母は薄くなる         加藤 晴正
 まだ現在のような介護施設など無かった頃の事ですが、病院に預けた寝たきりになってしまった祖母を見舞った帰りの車の中で、祖母に申し訳なくて溢れ出す涙が止まらなくなったことを思い出しました。生命力に溢れた逞しい祖母でしたが、徐々に弱ってゆき、まるで紙切れのように薄くなってしまいました。寝入っている年老いた母を見つめる眼差しに愛情が有り実感の籠った切実な思いが胸に迫ります。

風を負い十二月田交差点曲がらない   梶原 由紀
 二月号の校正の時、この「十二月田」≪しわすだ≫が正しく読めなくて本人に書き間違いではないのかと確認してしまいましたが、調べてみると埼玉県川口市に実際にある地名で、それらしい由来と逸話があり納得してしまいました。地名にはそれぞれに歴史があり、物語があり、それに伴う詩情があります。作者は荒涼とした風景にそれを感じ取り句にしたように思いました。

近ごろは自分が一番怖い        千田 光子
 世の中の情勢にいつもアンテナを張っている光子さんですが、この句はそれらの句から一歩突き抜けた鋭さが感じられます。他の句のような状況説明を省いているので、読み違えをされる危険性もありますが、人間の普遍的な心理が見事に現れています。

もう諦めなさいと雪が降る       船木 恵美
 雪の降る様もそれぞれで、見ている人の感情に寄り添っています。恵美さんは秋田に暮らす人ですので、これから暫くは雪に閉じ込められることを覚悟しなさいと言っているかのようですが、逆に今年は暖冬で雪はあまり積もりませんよと言っているようにも読めます。

山茶花パラパラもうすこしがんばれや  田中 耕司
 晩年を迎えた人間の矜持やまだまだ諦めないぞと言った自分への励ましの気持ちが、決して声高にならず平常心で自然な言い回しに表れています。

冬雲の下大根一本ぶっといの買った   中塚 唯人
「ぶっといの」が見事にこの句に生命を与えています。
 冬へ立ち向かう、現実に立ち向かう作者の心意気が爽快で明るく、晴れ晴れとした気分となって表れています。

                       中塚 唯人選
 私は毎月「近作玉什」で十五句を選んでいるが、たまには好みではない句も選ぶ。海紅句のバランスも考えて、海紅句にはこういった句もあるのだと公平に選んでいるつもりだ。

おでんたまご割ればやさしい満月    岩渕 幸弘
 この句は年末の「やみ汁句会」の即吟句だ。幸宏君は昨年海紅社にやって来て、素直で、勤勉な大変有望な新人だと期待した。ところが何処で知恵を付けられたか、初心を忘れ技巧に走る句が目についた。ところがこの句は読んで素直に「やみ汁句会」の穏やかな雰囲気が伝わる句だ。即吟句が不得手な人は、往々にして小手先に走る人と思う。新しい試みに挑戦する心意気は買うが、この素直さと優しさは失って欲しくはないものだ。

枯葉一枚手にとる景色         大西  節
 最後に「景色」と答えを言ってしまったようにも思えるが、この措辞がこの一句を引き締めている。この言葉が眼前に冬の景を絵画のように、思い浮かべる効果を生み出している。出来そうで出来ない手練れの句だ。

つややかな猫の背中も冬        笠原 マヒト
 こんなところに冬を感じるのがマヒト君の詩人の目だ。
 彼には目が三つもるのかと思うときがある。 

柚子南瓜があって平凡年の暮      河合  禎
 残念ながらこの一月に亡くなられた禎さんの句だ。決して上手い句とは言えないかも知れないが、ご本人の人柄がにじみ出て、「そうだよなあ」と頷く句だ。そんな朴訥な海紅同人がいなくなってしまったのは悲しいことだ。

あなたの老眼鏡が留守番するテーブル  杉本 ゆきこ
 愛だとか波の句が多い作者だが、還暦を迎えられ大人の句が生まれるようになった。これが年輪というもので、自然と培われていく人間の四季だ。このような句だけでなく今までのような若さも必要だが、この句が生まれるのも老いではなく自然の摂理でもある。

一年を盛り上げようぜ新日記      田中 教平
 彼は三月で筆を置いてしまったが、このような若々しく、生命観溢れる句が見られなくなったのは残念なことと思う。いずれ復俳してくれるだろう。

もう諦めなさいと雪が降る       船木 恵美
 これは雪国の人しか詠めない句。長い冬に閉じ込められた思いは都会のものには理解できないこと。しかしこの季節になるとそれを思い出させてくれる句だ。

煙突ぽかんと立っている休日      無   一
 「ぽかんと」がいい。私はこの頃、やたらに擬態語をほめそやすが、この言葉はほかの事柄で表そうとすると説明的で長くなる。実に適切な表現と思う。

冬の青空が届いた           森 直弥
 実に短律でいい句だ。誰が送ってくれたものでもない、自分で招き寄せたものだ、しかしその中にも自然対する感謝の情が感じられる。その気持を忘れたくはないと思う。