寄稿万華鏡1

 句評新年号作品より

                         正木かおる選
北風の動物園に犀がいない       木内 縉  
 
 何かを求めて、おとなの冬の動物園。作者の心に流れるせせらぎを聴く心地よさ。先日、知人に動物園に誘われた。動物園? という意外性。憧れの年上の女性だ。動物に会えるというより、お供できることにわくわくしている私だけれど、きっと犀を探してしまうでしょう。

コワレルトキガクル          空心菜
 崩壊、喪失の予兆におののく。避けようのないことなのだろう。恐怖だ。耐える他ないかもしれないが、私たちにはそれぞれ一本のペンがある。

VHSノイズの奥を芭蕉の夢が駆け回る 小早川すすむ
 現代(近過去)の枯野に芭蕉もさぞや驚いていることだろう。江戸時代、昭和、そして現在を駆け巡る、詩ごころの冒険譚はエキサイティングだ。

気ばらしに山盛りの豚汁を作る     安達千栄子
 それいいですね! 作る人も頂く人も元気が出そう。私もそうしてみます。

この晴天バイクに乗らねば罰が当たる  岡原舎利
 いいですね! 防府…山ですか? 海沿いの道路もありそうですね。ブルース・スプリングスティーンの楽曲、ボーン・トゥ・ラン(邦題・明日なき暴走)のキラキラしたイントロが聞こえてきそう。ご機嫌な一句。

季節がない街へ便利を買いに行く     中塚 唯人
 四季の移ろう集落で、日々ご近所から頂く野菜。虫付き泥付きはご愛嬌。スーパーに行けば、世界春夏秋冬の綺麗に揃えられた適量の野菜。真逆すぎて沁みる一句。

便利集めた砦に籠る          若木 はるか
 先ほどの「便利を買いに行く」の続きのようで面白い。ひとりの時間、お気に入りに囲まれお菓子なども用意して「もう今日は一歩も外に出ないもんね♥」。これまた「バイクに乗らねば罰が当たる」と真逆のお楽しみ。

 

                         杉本ゆきこ選
大きい人小さい人桜木町        空心菜
 桜木町、横浜に住んでいた私は馴染みのある好きな町です。海があって赤レンガ倉庫があってモダンな商業施 設のビルがあります。線路を挟んだ反対には野毛という 飲み屋街、場外馬券場がある猥雑な雰囲気です。人生の 表と裏を見るような桜木町、大きい人、小さい人が想像 力を掻き立てられ、いろいろな意味に取れて面白いです。

部分入れ歯それぞれのクラス会     平林 吉明
 作者を知っているだけにクスッと笑ってしまいました。クラス会、集まると病気の話や老いの話になり、それが、いつのまにか自慢話にまで聞こえてきてしまうとよく聞きます。老いていくことは、深刻に捉えてしまうと暗くなりがちですが、ユーモラスな視点で捉えているのがいいなと感じました。人間らしくて好きな句です。

祖父は薪をくべている蠍の火      森 直弥
 とても綺麗な句だと思いました。作者のお爺様は、日常的に薪を割り薪をくべているのでしょう。「蠍の火」にひかれました。炎の形が蠍の形に見えたから、蠍の火と表現したのだと思います。この火は、神秘的であり真実の炎だと感じました。

あいたいなあ木守り柿         吉川 通子
 木守り柿という言葉は、句に出会ってから知りました。 作者が「あいたいなあ」と言ったのは何故かな? 誰にか な? 思いました。来年また柿の木にたわわに実がなる ように願いを込めて少しだけ実を残して、鳥が食べに来 た様子を眺め、来年誰かに会うことを心待ちにしている のを感じました。シンプルだけど思いを感じる句です。

息子と歩く無口でも晩秋の陽なたみち  院瀬見 美登里
 暖かく優しい気持ちになれる句です。私にも成人した 息子がいますが、一緒に歩く機会がめったになくなり、一緒に歩くのは本当に嬉しいです。作者が息子さんと過 ごす時間はかけがいのない時間であること、それは晩秋 の美しい風景の中に陽なたのポカポカのみちを歩くこと 、本当に幸せな気持ち伝わります。好きな句です。

                           

                     原 鈴子選
没日背にして蟷螂無為のカマを振り  紺 良造
 無為のカマを振る蟷螂を自分に置きかえて、それを斜交いから見て、むなしく感じている。人生の没日を背にしても無為な日を送っているのではない。カマは振られている。振りつづけて欲しい。
 俳句の目で自然を、自分を見ているのを、いつも感じさせてくれる。人生を考えさせられる句である。 

何を言っている冬波が言葉をさらう    菅原 瓔子
 誰といるのか波音にことばをかき消されて、会話にならない。波の音風の音で聞き漏らす事、よくあることだが気に掛かる。
 北国の冬は私には想像でしかないが、映像で見る限り、打ち寄せる波、吹雪の表情は、私にとって生活ということからは、かけ離れた別世界である。
「冬波が言葉をさらう」、表現がぴったりと思えた。

秋の夕暮れ少しちぎって手帳に挟む   杉本ゆきこ
 何か秋の夕焼けは、どの季節よりもきれいに思える。時には空半分を占める程で、沈む太陽も大きい。
 少しちぎって手帳に挟むとは、なんと上手い言い方をするものかと感心してしまった。私も夕暮れを手帳に挟めるものなら挟みたい。もみじは手帳に残るが、夕暮れは手帳にどう残るのだろう。

ぶどうの枝から秋が消えてゆく     田中 耕司
 言葉の発見というのだろう。こういう言葉が句を深くしているのだと思う。ブドウの枝の葉がなくなっていくのを見て秋から冬への季節の移り変わりを感じても、秋が消えていくという言葉が出てくるのはさすが。

紅葉山三つ越えてきたところ      吉川 通子
 なんのてらいもなくさらりと詠って好もしい。来たところはどこなのか、いま来たところなのか分からないが、山深いところへと向かっていく行程で、秋の美しい山を愛でながら三つも山を越えてきた。そこが我が家、というなら最高。旅行の句かもしれないと思いながら、あえてそう思いたい。
                   

                        中塚 唯人選
ジュヴレ・シャンベルタン染まる私のtongue
                    大川 崇譜
 この句の冒頭の片仮名は舌が赤く染まるほどの高級ワインだそうだ。しかし相当なワイン好きでなければ理解できないのも事実であり、スマホで調べるほどの人ならばともかく多くの人は読み飛ばしてしまうかもしれない。
 しかし「まてよ」である。その昔作者は「SPF50++」という句を作った。これはいまでは夏になると必ずCMでお目にかかる日焼け止めクリームの度数である。そうするとTPPが締結されこのワインがフランスから当たり前に輸入されれば、我々も認知せずには居られなくなるかも知れないのだ。
最もその頃に作ったのでは陳腐な句になってしまう不安もあるが、先見の目のある早い者勝ちの一句かも知れない。

大根のぶどう漬食べ頃で冬の足音    熊谷 従子
どの家も懸け大根に村どっしり重くなる 森川 チヤ

 どちらの句も作者は秋田の方である。東京ではお目にかかれず、北国と言うと先人に叱られるので、雪国と言い直すが、雪国でなければの風景である。
 これこそは全国句でなければ見られない海紅句の良さと思う。「お国柄」、これを今後も大事にして行きたい。

お日さまいい仕事するね軒下の柿    吉川 通子 
 この句は読む人にも作者の温もりが伝わる、わかりやすく優しい心のこもった句と思う。作者の自由に詠む心と、読者の自由な読み方が一体となってその良さを醸し出していると思う。

いただきます勤労感謝の栗きんとん   森  命
「勤労感謝」とは自分で自分に言っているのか、誰かの真心なのかは定かでは無いが、微笑ましくも清々しい一句だ。
 冒頭の句に目が行くのはこの後の四句があるからかも知れない。新しきものと伝統の良さのどちらに与するものではないが、お互いがぶつかり合ってこその海紅であり、どちらも負けるなと心から声援を送りたい。