寄稿万華鏡1

【句評ー八月号作品より】                   

                          石川 聡選
  氷のクレバスに眠るおとこの蛍袋          大西  節
 七句すべて好みですが、特にこの句に惹かれます。遭難の男性が寝袋に避難し暖を取るも、甲斐なく眠るように命尽きたと読めました。薄明るいクレバスそのものを蛍袋に見立て、花に男性が包まれているとも。どちらにせよ卓抜した見立てに感服です。

  葉がゆれる蛍光灯の俺の影              空 心 菜
 蛍光灯が届く範囲内に木と俺(作者)の両方が入っていて、作者より高所の葉がゆれると作者への光量も変わり、作者の影の角度長短も変わる様を見たのでしょう。こんな繊細で鋭い句があるとは! 同時に抜き差しならない、作者と社会との相関関係の象徴句とも取れます。

  朽ちた紫陽花コーンフレーク乳の雨        小早川すすむ
 目につく梅雨前の青や紫の紫陽花をよそ眼に、前年の朽ちた茶色い花弁を見つめる作者。それをコーンフレークに、そして雨を牛乳に見立てる視線に鋭い独自性を感じます。
 なぜか旧約聖書中、ユダヤの民が滅んだ王国を「乳と蜜の流れる地」と忍ぶ一節を想起しました。

  どくだみマジョリティー              杉本ゆきこ
 よく見るどくだみ句。短律でこれほどイメージを豊富に
内包する句に衝撃を受けました。はびこる季節の空気感、
半日陰地を鬱蒼と占領する様、白い絨毯と蒸れたあの臭い。
この句はどくだみの全てを凝縮したポップなカプセル剤で
す。マジョリティーの起爆力に脱帽です!

  タンポポとシロツメクサここにあるスーラの斜面   若木はるか
 花々をスーラの点描とした見立てに賛成です。斜面で光や色彩の濃淡、光景の広がりまで見えてきます。黄と白だけなのにスーラで蓮華草の紫までも。作者も今「ここに在る」心持の投影で、海紅の伝統語句の巧い使い方。芸術作品(家)の二次借用も成功している印象です。

                        若木はるか選
  胸に風鈴を吊るす                 石川  聡

 今月の特選はこの句に。
 パッと見てこれはいいなと思ったら、なんだ、兄の句でした。夏になると嬉しそうに風鈴を吊っていた記憶の中の父。その音色がよみがえってくるようでした。胸にりんと響くものを持っていようという意志と読んでも、風流を楽しむ余裕を忘れずにいようと読んでもいい句だと思います。

  その角をまがりまたまがり紫陽花          中塚 唯人
 この句、ただ紫陽花が咲いているってだけなんですよ。ところが、「まがりまたまがり」がキモで、角を曲がるたびに徐々にふくらんでゆく期待感が鮮やかに立ち上がってきます。更に言うと、角々に紫陽花があるように錯覚されて、まるで紫陽花いっぱいの街を歩いている気分になります。
上手いです。

  ヒミツのおやつは立ったまま            村井  洲
 主婦あるあるですかね? 特別に自分のために買ってきたご褒美なのか、家族分は数がないオヤツか、ひとつだけ残っちゃった美味しいもの…。バレないように、こっそりキッチンで。私もやってますとも! 洲さん、絶対くいしんぼに違いない。私もそうだから。

  朽ちた紫陽花コーンフレーク乳の雨        小早川すすむ
 盛りを過ぎると青も紫も抜け白っぽい色に。それを見てコーンフレークのようだと思ったのでしょう。そしてそれなら降る雨はミルクであると。連想が楽しい一句。

  もう会えないツユクサの露落ちる          原  鈴子
 どなたとのお別れを詠まれたものか、この「露」は命であり涙でもあるように思います。なんと美しい涙でしょう。涙とか泣くとか敢えて言わないことで、純粋な悲しみを感じることができるのです。

  どくだみマジョリティー              杉本ゆきこ
 題材にふさわしく、力強くて簡潔で、何というか、どこかを蹴とばされたような気になった一句です。
 
                         吉川 通子選
  Windows落とすカードキーかざすドアが開く初夏の夕
                          さいとうこう
 こうさんのある一日だと思いますが、落とすが分からなければ出だしから躓いてしまうかも。使っていたWindowsを閉じること、ですよね。ドアの向こうに待っている何かへの期待を感じます。若い方でなくてはできない句かな。

  シュワシュワ若返る琥珀色ハードボイルド
                          さいとうこう
 ハードボイルドが流行ったのは私の両親くらいの年代、ビデオで見た大人の男性のハンフリーボガードを思い出します。ハードボイルドをどう解釈するか、その人かスタイルか。さて、炭酸の入った琥珀色・・・まさかジンジャエールじゃないよね。ハイボール? 飲んで、ちょっとカッコつけて、若返る、を考えると、こうさんのことではないかなとも思いましたが、そんな気持ちになったと解釈してもいいかな。

  ハッピーアワー浮かれたゴシック体         杉本ゆきこ
 よくわかりますね。日本でも広まってきました。外出先でこの時間になると我が家のノンベエは誘われてしまいます。〝浮かれたゴシック体〟が効いています。

  風を入れ換えるトーフトーフのラッパ        平林 吉明
 都会ではお豆腐屋さんも減り、スーパーで買う方が増えている時代。お鍋を持って急いで買いに出たことがありますが、もう何十年も前のこと。風を入れに窓を開けたときに聞こえたお豆腐屋さんのラッパ。いい風景ですね。

  夏至南風(カーチベー)ザップーンウルトラバイオレット 
                           大川 崇譜
 夏の沖縄そのものを感じました。ウルトラバイオレットは紫外線のことですかね。ザップーンとあるので、海の色かとも思いました。 助詞もなく、片仮名を並べて句にしている。崇譜さんの思いっきりのいいこと。

 上記以外にも
  ドイツ語のような雨響くアスファルト      さいとうこう
  アジサイふくらみ梅雨がオフショルダー      石川  聡
 雨がアスファルトに落ちる音をドイツ語のようと感じたこうさん、オフショルダーという流行のファッションを梅雨のあり様に例えた聡さん、よく見てよく感じてできた句だと思いました。
 
 八月号を読んでいて、片仮名がとてもたくさん使われているのにふと気づきました。四十七名の投句者のうち片仮名を使われていない方が七名。もう十年も前のこと、ある大先輩が、句に外国語の横文字が踊っている、という意見を句評の中で述べられていました。まるで自分が叱られているようでほろ苦い思いをした記憶があります。今や私たちの生活の中にはその頃よりもさらにたくさんの片仮名が溢れています。句の中にも当たり前のように片仮名は使われていくでしょう。パズルを解くようにその句のことを考えることもありますが、作り手の一生懸命句に向かう姿も浮かびます。今回は、句の中に二つ以上片仮名が使われていて面白いなと思った句を取り上げてみました。