寄稿万華鏡1

【句評ー四月号作品より】
                                                                             梶原 由紀選

  春一番かあさんさがす音          大川 崇譜
 春一番の特徴をよく捉えつつ、詩情も大いにある句です。激しく街を荒らしていく春一番も、子どもが母を求めて駆け回る姿と思えばかわいらしくすら感じます。厳寒と待春が入り混じる不安定な季節の感慨が「かあさんさがす」動作によく表れています。
  寒い庭に出る口実の一服          岡原 舎利
 真の目的が一服ではなく「寒い庭に出る」ことである意外性が面白いです。わざわざ寒い庭に出ていく人間の心境は、寒い庭の風景にリンクしているのでしょう。庭に出てどうしたかったのか想像も膨らみます。風景や動作の中に人の心が見える句です。
  雲が増えた大阪から京都          笠原マヒト
 何気ない発見が的確な写生に繋がっています。大阪と京都の距離感だけでなく街のカラーの違いや移動して空を見る人の姿やその思いなど、さまざまな要素が短律という形で端整に表れています。
  きさらぎ月は大きく丸く全てを暴く     杉本ゆきこ
 如月の頃の月は冴え冴えとして大変美しいものであり、迫力があります。句はその月の姿を見事に捉えています。「月は」と月を主体にすることにより、読者は月に詰問されている緊張感を受けます。正義の持つ冷酷さ、美しいものが持つ暴力性の表れている句です。
  殆ど病院前で降りる冬の砂丘行きです    渥美 ふみ
 風景にリアリティが表れている句です。景勝地の砂丘行きのバスにおいて一番降車客が多いのは病院前であるという事実。バス利用者も地元の方が殆どなのでしょう。また、病院前を離れたガラガラのバスが砂丘の砂と海の世界へ向かう姿は浮世離れしています。病院前の人のいる風景との砂丘の壮大な自然との対比が、双方を際立たせています。 

                          平林 吉明選
  伊予柑のあつい皮をむく誰も来ない     大西  節
 節さんの句にはいつも生活に根ざした思いが深く刻み込まれ、大袈裟な感情表現をせずに本質を突く様な鋭さと重みが有ります。ひとりで剥く伊予柑のあつい皮やその姿に言葉では決して語ることのない作者の思いが伝わって参ります。
  この町の吐息が春の雪になり        菅原 瓔子
 楽しいこと辛いこと色んな事が起こるこの町に暮らす人々の日々の感情や生活が吐息となりそれが春の雪になる。春の訪れを感じるとても美しい表現です。誰もがその様に思える句です。
  布団掛けなおしてくれた気がした      村井  洲
 誰もが経験していても気にも止めずにやり過ごしてしまう行為をとても有難く思い、言葉にするのは作者が柔らかな感情を持っているからだと思います。こんな優しさの積み重ねが人の生きてゆく力になるように思います。
        
  殆ど病院前で降りる冬の砂丘行きです    渥美 ふみ
 この砂丘が現実に存在している場所なのか作者の虚構の砂丘なのかどちらにしろ空っぽになってしまったバスの行き着く先は砂丘の様な空虚な処であるように思えます。それは人生にも喩えられるような気がします。高齢化社会を目の当たりにしたような句です。
 
  内蔵色のマフラーを巻く          空 心 菜
 新しく海紅に入られた空心菜氏は画家でもあり独特の色彩感覚を持っています。単にマフラーの色を言っただけの句ですが、選んだ言葉の独自性に彼の内面の繊細さや葛藤が見え、読み手を不思議な世界へと誘ってゆきます。始めて彼に出会ったときの句に「暗がりの黴の願いは何ですか」があります。

                                    森  命選
  殆ど病院前で降りる冬の砂丘行きです        渥美 ふみ
 砂丘という観光地へ行くはずのバスが、病院へ行く人の足になっている。なんだか滑稽な表現になっている。作者もその一人であろう。今の日本、どこでも有りがちな風景です。見たものがそのまま句になる、句作の基本ですね。それに伴ってペーソスが溢れてきています。佳句です。
  どうしてギターに生まれなかった電信柱     大川 崇譜
 それはね線が六本でなかったからだよというオチではないだろうが、ギターと、電信柱を、くっ付けたところにこの句のすべてがある。ひらめきと言うか、感性と言うべきか。ギターがキリギリスなら、電信柱はアリと言ったところか? そんな風にも読み取れるおもしろい句です。            
  己を叱咤し書いた青いままのプラン          小山 智庸
「青いままのプラン」今だに実行されない計画ですよね。「己を叱咤して書いた」とまで言う切なさ、おそらくは病の床で詠まれた句であろうと思う。プランは絶対に実行するぞと自分を励まし、心を折れない様にするには、これが一番の手法。強い信念をもった作者、少しでも早い治癒を祈ります。
  笹はしゃべり松は無言で牡丹雪を浴び          紺  良造
 笹は雪を浴びてたなびき、ふりおとす、松はしっかり受けたままでいる。それを笹はしゃべり、松は無言と表現した作者は、長く自然の中で生きてきた証であろう。俳人として作者はどちらにも軍配を上げていない、山の姿を人の世と被らせて詠まれた句と思われる。
  鳥よ菜の花色の半島だろう         村井  洲
 訪れた半島には壮大な菜の花が広がっている。作者の目の高さで見ても絶景。しかし作者は、鳥の目を借りて大パノラマを作りあげている。航空写真や、ドローンの映像のような美しさが現れる。「半島」としたところに高い完成度がある。この半島はどこだろう。私のイメージで言うと渥美半島となる。そんな余韻も楽しめた句だ。 

                              吉川 通子選
  また一人席つめて言葉が生まれる春日    森   命
 命さんの温かさを感じます。何か美味しいものを食べるのに並んで待っている。一人入るごとに席を詰め、自分の順番を待っている、一言二言声をかけながら、待ち時間が長いほど、待っている人たちの連携も生まれたりして、春のいい日ですね。
  柳のむちに芽吹きあり           上塚 功子
 不忍池でしょうか。まだまだ寒い朝の散歩、ちょっとよそに気を取られていたら、柳の枝にぶつかってしまった。ちょっと痛かったけど、よく見ると柳の枝に新芽が。
 身の回りの木や花や、池にいる鴨など、いろいろなところに春を感じている功子さんの日常が伝わってきます。
  背なのリュックへ詰める春の夢大きい    熊谷 従子
 長い冬を乗り越えて春が来たから、従子さんのあれもこれもという前向きの意欲がよく表れていると思います。春はいいですね。明るく楽しい気持ちになりました。
  嬉々として飛び立つ白鳥の北帰行      船木 恵美
 白鳥が北に帰ってゆく様子を嬉しそうと詠んで、無事に帰っていく白鳥にも、冬を乗り越えた恵美さんにも、春を迎える嬉しさが伝わってきました。
 白鳥がやってくるときの様子、テレビでしか見たことがありませんが、地域の方たちが優しい目で白鳥の飛来を待っている、送り出す時もまた来年元気で会いましょう、という気持ちなのですね。
  ポインセチアの薄い埃春は行きつ戻りつ   渥美 ふみ
 ポインセチアにうっすらと埃がたまっていることで、十二月から時間がたっていることを感じますし、きっとその埃を拭きながら、あやふやな春を感じているふみさん。きれいな句ですね。ふみさんは、いつも物事をとてもよくみて、本当に丁寧に句になさいますね。薄い埃、言葉の使い方が絶妙だと思いました。